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山村 寛

山村 寛 【略歴

教養講座

国際水の協力年に考える、持続可能な社会形成に向けた水環境教育の責務

山村 寛/中央大学理工学部 助教
専門分野 衛生工学、膜分離、高分子化学

“水”を志したきっかけ

 私の出身、香川県の話から始めたい。香川と言えば“うどん県への改名”で最近注目を集めているが、四国のどこに位置するのか知らない人も多い。1994年までは大阪府に次ぐ小さな都道府県だったが、瀬戸内海を埋め立てて建てた関西国際空港が開港した後に大阪府に面積が抜かれ、日本一小さな県としての称号を得ることになった。小さいながらも平野が多いためか古くから農業が盛んであり、江戸時代には讃岐三白として塩、砂糖、木綿で一世を風靡した。現在でも沿岸部において瀬戸の塩づくりが見学できるが、塩田の畝に立てば温暖で穏やかな風を感じることができ、塩業が栄えた時代が思い起こされる。

 讃岐国司から朝廷に提出された書簡中には「晴天5日を経ば、水湿の潤なく、長雨2日に及べば、洪水の難あり・・・」と記述されるくらい古来より治水、利水に苦しんでおり、多くのため池とその横にまつられた祠にその片鱗が伺える。香川県は瀬戸内特有の晴天が多い気候に加え、讃岐山脈と瀬戸内海の中間に位置することから、流域面積が小さく、かつ河川が急峻であるために、すぐに渇水に見舞われる。

 1994年の夏、私が中学2年の時、梅雨の降雨が少なく、夏季に水源となるダムが干上がった。県下では給水制限が発令され、給水車が出動、ポリタンクが売り切れ、夜間断水など、県中がお祭り騒ぎになったことが記憶によみがえる。あの「讃岐うどん」のコシを生み出すためには、非常にたくさんの水が必要となるため、当然うどん屋は閉店することになる。この大渇水の経験を経て、私は水に関する勉強をするために北海道大学を目指すことになる。

世界の水問題解決に貢献する膜分離技術

 現在、香川の水資源の約30%は徳島県の吉野川から山を越えて導水する「香川用水」により賄われている。徳島県の吉野川は高知県の「早明浦ダム」を水源としており、香川は徳島に、徳島は高知に水資源を依存するドミノ構造になっている。早明浦ダムが涸れると徳島県の水資源が確保できないため、ダムの水位が下がった際には先に香川県への水供給が止められることから、両県での水資源を巡っての調整は非常に重要な課題となっている。将に、香川は徳島と高知に足を向けて寝られない状況なのである。

 香川と全く同じつらい立場に置かれているのがシンガポールである。シンガポールはご存じの通り国土が非常に狭く人口が多いため、一人当たりの水資源は極めて少ない。そのため、以前は水資源の50%をマレーシアからの輸入に頼っており、マレーシアに手綱を握られている状態となっていた。2004年、マレーシアは急速な経済発展に伴い自国の水資源が逼迫しだしたことから、シンガポールへの水供給価格を100倍に値上げする旨を通達し、シンガポールに激震が走った。シンガポール政府は、水の確保は安全保障に関わるということで、Newaterプロジェクト(再生水プロジェクト)と題して、海水淡水化、下水の再利用といった新しい水資源確保に向けた国家プロジェクトを立ち上げ、水資源の多様化を図っている。ここで利用されている技術が髪の毛断面の1/100以下の孔がたくさん空いた「分離膜」である。分離膜を利用することで、海水中から塩分だけを取り除いて純水を製造出来るほか、下水中の細菌や微量汚染物質などの有害成分を完全に取り除き、飲み水として再生出来ることから、水資源の乏しい国々での適用が期待されている。私は現在、分離膜を利用した「必要な水質を、必要な量だけ、必要な所に配分する」次世代の水代謝システムの開発に向けて鋭意研究中であり、将来的には、香川のような水資源が乏しい地域における水問題を根本から解決できるような水代謝システムを提案したいと考えている。

中央大学「水環境に関する国際シンポジウム」

 膜の話はさておき、香川やシンガポールのような例は、規模が異なるが世界中の至る所で見ることが出来る。水問題は安全保障問題であり、その地域、その国だけでは解決できない問題であるが故に、いったん問題が発生した際には、解決には仲介となって調整する機関が必要となる。村の場合には村長、都道県の場合には県がその役割を幾分か担っていたが、国の場合にはその役割を国連が担うことになるであろう。実際に、国連では水問題の解決に向けて様々な取り組みを実施しており、「Water and sanitation(水と衛生状態)」としてThematic Area(問題領域)のリストにも含まれている。水資源の不足は紛争につながり、経済発展の妨げになることから、非常に重要な問題として認識されている。また、水道の普及が80%を超えることで、乳幼児死亡率が減少し、その国の経済発展にも寄与することから、国連の水問題の解決にかけられた思いは強い。

 3月22日の国際水協力年に、国連アカデミックインパクトUNAI後援のもと、本学において『中央大学「水環境に関する国際シンポジウム」』を開催する。シンポジウムでは、赤阪清隆氏(公益財団法人フォーリンプレスセンター理事長/前国際連合広報担当事務次長)の基調講演の他、中央大学の協定校から多数の水に関する専門家を招き、中国やベトナム等、各国の水問題の現状や、今後の取り組みについてご講演いただくことになっている。日-英同時通訳付き入場無料なので、関心のある方はぜひとも足をお運びいただきたい。詳細は下記ホームページを参照されたい。
http://www.chuo-u.ac.jp/chuo-u/event/event_j.html?suffix=i&mode=dpttop&topics=19394

国際水環境人材育成プログラムの責務

 チンパンジー研究家のジェーン・グドール女史によると、人間がチンパンジーと異なる点は「過去を語り、未来に備えた計画を立てることが出来る」ことであり、ホモ・サピエンスにとって、「過去を語るための教育」は種の存続に重要な役割を果たしてきたことがわかる。教育を通して次世代の人材を育成し、次代での持続可能な発展を支えることが人類としての重要な責務であり、教育者としての我々の責任は極めて重いと考える。中央大学ではアジアの水問題を解決するスペシャリスト育成を目標として『国際水環境人材育成プログラム』を推進しており、現在中国とベトナムから10人の留学生が来日し、日本人学生と切磋琢磨しながら水環境の先端技術を学んでいる。私個人も微力ながら本プログラムの教育者の一翼として人材育成に尽力しているが、ここで学んだ彼らが自国に帰って次次世代の人材育成に貢献することで、技術や知恵が過去-現在-未来へと引き継がれ、少しずつ持続可能な社会へ地球全体が近づくものと信じている。これからも気を引き締めて、後人の育成に尽力したい。

山村 寛(やまむら・ひろし)/中央大学理工学部 助教
専門分野 衛生工学、膜分離、高分子化学
2013年度より理工学部 人間総合理工学科 助教に着任予定。
香川県出身。2004年北海道大学工学部卒業後、2006年北海道大学工学研究科博士前期課程修了、2008年北海道大学工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。
旭化成ケミカルズ株式会社膜・水処理事業部を経て、2012年4月より現職。
現在の研究テーマは、分離膜の閉塞を抑制する技術の開発や膜を使った微細藻類の分離などを行う一方、埋め立て浸出水の処理や海水淡水化膜の開発に関する研究も行っている。
主な著書としては、『水処理膜の製膜技術と材料評価』がある。
アウトリーチ活動も積極的に行っており、科学技術コミュニケーターとしての資格を持つ。