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篠原 正博

篠原 正博 【略歴

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先進国における企業課税の改革をめぐる近年の議論

篠原 正博/中央大学経済学部教授
専門分野 財政学、租税論

1.はじめに

 筆者の研究テーマの一つに、税制改革の国際比較研究がある。以下では、先進国における企業課税改革をめぐる近年の議論のうち、ニュージーランドの2010年度税制改革における資本所得課税の見直し、同じく2010年度のフランスにおける事業用償却資産に対する課税の廃止に焦点を当て、その概要を紹介するとともに、わが国の税制改革に与えるインプリケーションを考察する。

2.ニュージーランドの2010年度税制改革

 ニュージーランドの2010年度税制改革は、1980年代の労働党政権下における改革以来の大規模なものである。改革の基本的枠組みは、税率引き下げと課税ベース拡大をセットにした政策(BBLR:Broad Base-Low Rate Approach)であり、所得課税(所得税および法人税)の税率を引き下げるともに、租税優遇措置を見直し課税ベースを拡げた。また、経済成長を促進する観点から、所得課税の減税と同時にGST(Goods and Services Tax:日本の消費税に相当)を増税し、租税体系における消費課税への相対的依存度を高めた。

 2010年度税制改革の背景には、経済成長率の低下、負の民間貯蓄率および財政赤字の存在があった。また、緩やかではあるが人口の高齢化が進行しており、長期的には、人口高齢化に対応する安定的な財源を確保が重要であると考えられた。

 改革前は所得課税中心の税体系となっており、経済成長を阻害する可能性が高かった。所得税に関しては、最高税率の適用される所得水準が低いことによる納税者の勤労・貯蓄意欲や租税回避への影響、平均実効税率がオーストラリアを上回ることによるオーストラリアへの労働移動の発生、給付付き税額控除制度が所得の上昇とともに限界実効税率を高めることによる勤労意欲や貯蓄意欲への影響、などが問題とされていた。

 法人税については、第一に、法定税率がOECD平均を上回っており、対内投資の抑制および利益の海外流出促進が懸念された。第二に、外資系法人が本国の親会社に支払う利子の損金参入限度額が高く設定されており、法人税収を減少させていた。第三に、寛大な減価償却措置が税収を低下させるとともに投資の中立性を阻害していた。第四に、所得税の最高税率と法人税率に格差があり、高所得者による法人や投資事業体への租税回避を助長していた。

 2010年度の税制改革においては、資本所得課税に関して2種類の方式、①所得税の最高税率と法人および投資事業体の税率を等しくする方式、②所得税の最高税率と法人および投資事業体に対する税率の格差を容認する方式、が比較検討された。方式②には、③法人税率の大胆な引き下げ、④二元的所得税(労働所得と資本所得の分類課税)、⑤ACE法人税(Allowance for Corporate Equity:支払利子のみならず、株式発行の機会費用も控除対象とする課税方式)、⑥二元的所得税およびACE法人税の組み合わせ、の選択肢も含まれる。

 過去(1987年、1989~1999年)においては方式①が採用されていたが、法人税率引き下げの国際的圧力により、同方式の継続は困難となった。結局、改革により選択されたのは、所得税の最高税率と法人および投資事業体に対する税率の格差をできるだけ小さくする方式であった。ニュージーランドは、法人段階の経済的レント(超過利潤)として地域特定レント(豊富な天然資源、低い労働コスト、整備されたインフラの存在などを理由に、企業が特定の国で事業活動を行う場合に発生)が中心であること、労働移動性が高いこと、キャピタル・ゲイン課税に対する抵抗が強いこと、制度変更により租税回避が促進される等の理由から、③から⑥の方式の採用は見送られた。

3.フランスにおける事業用償却資産に対する課税の廃止

 フランスにおいて、事業用償却資産は職業税(Taxe Professionnelle; 1975年創設)の課税対象であった。職業税は地方基幹税の一つであり、2009年には地方税収の約3割を占めていた。しかし、2004年にシラク大統領が廃止を表明して以降、廃止に向けての動きが加速し、結局、2010年度予算法により、職業税に代えて地方経済税(CET:Contribution Économique Territoriale)が導入されるに至った。

 職業税が廃止された理由として、改革前において同税の課税ベースの約8割が事業用償却資産の資産価値であり企業投資や雇用を抑制すると考えられたこと、事業用償却資産に対する課税は他のEU諸国に存在せず国際競争力を阻害すること、などが挙げられた。

 第一に、職業税は企業の経営コストを上昇させ投資抑制効果を有する。このような効果は、製造業等の資本集約型産業、赤字企業、新規企業において大きい。

 投資抑制効果に関しては、国内企業の生産活動拠点の選択、海外企業による対仏投資に対する影響も検討する必要がある。まず、職業税は、資本集約型産業に対して相対的に重い負担を課し、当該産業の国際競争力(コスト競争力)を低下させる。企業は生産コストを減少させるために、海外直接投資や海外下請けを増加させる可能性がある。実際、フランスでは1990年代以降コスト競争力が低下している。しかし、その主たる原因は賃金コストの上昇にあると考えられる。また、アンケート調査によると、製造業が生産活動を海外に移転する動機として、「安価な労働コスト」、「顧客へ近いこと」、「緩やかな規制の存在」などの事柄の方が「税制(法人税、職業税)」よりも上位に回答されている。

 海外企業による対仏投資に関しても、事業用償却資産に対する課税が他のEU諸国に存在しないことから、投資先としてのフランスの魅力を低下させることが懸念された。しかしながら、現実には対仏投資は順調である。フランスにおける企業課税(所得課税および資産課税)の平均実効税率は、EU27か国の中で最も高く、企業立地に対してマイナス要因であるが、フランスにはそれを上回るプラスの要因(高いインフラ水準、質の高い労働力など)があり、外国企業の投資先として魅力が高いと考えられる。

 第二に、職業税は、労働生産性の低下、海外直接投資や海外下請けの増加などにより雇用を抑制する可能性がある。実際、1990年以降における産業別雇用者数の推移を眺めると、製造業の雇用者は減少している。この理由として、海外企業への業務委託や生産活動の一部海外移転も含まれるが、それに対して職業税がどの程度の影響を与えたかは明らかでない。

4.おわりに―わが国への政策的インプリケーション―

 ニュージーランドでの議論は、資本所得課税改革の視点と課題をいくつか提供する。第一に、経済のグローバル化を論ずる際には、資本移動に加えて労働移動にも目配りが必要である。労働所得に対する税率が相対的に高いと、高所得の高度熟練労働者の海外移動を促し、国内企業の生産性低下をもたらす可能性がある。第二に、法人税に関しては、諸外国における法人税率の動向の観察、法人税率の変化が資本移動および利益の海外流出へ与える効果の検討が必要である。第三に、投資事業体(信託等)を通した租税回避も検討対象に含めるべきである。第四に、経済レントの中身と規模の分析が必要である。地域特定レントは法人税率の変化の影響をあまり受けないが、企業特定レント(企業が特定の国を拠点として生産を行い、グローバルビジネスを展開する場合に発生)に対する相対的に重い課税は、企業の海外流出や外国企業の日本進出を妨げる一つの要因となる。

 フランスの議論は、償却資産課税の問題点を浮き彫りにする。わが国において、事業用償却資産は固定資産税の課税対象であるが、近年、経済界から廃止・縮減の要望が出されている(e.g.経済団体連合会『地方法人課税のあり方』,2013年)。しかしながら、フランスで廃止されたから、わが国でも廃止すべきであると考えるのは早計である。わが国においては、償却資産課税の実態および効果に関する分析が不十分である。この作業なくして事業用償却資産に対する課税のあり方を論ずることは困難であり、より一層の研究が望まれる。

参考文献
篠原 正博(しのはら・まさひろ)/中央大学経済学部教授
専門分野 財政学、租税論
1957年鹿児島市生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科応用経済学専攻博士後期課程単位取得満期退学。博士(経済学)。
明海大学不動産学部専任講師・助教授、中央大学助教授を経て、2002年より現職。
主要著書として、『住宅税制論』(単著、中央大学出版部、2009年)、『不動産税制の国際比較分析』(単著、清文社、1999年)、『証券税制改革の論点』(分担執筆、日本証券経済研究所、2012年)、『金融所得課税の基本問題』(分担執筆、日本証券経済研究所、2008年)、『二元的所得税の論点と問題点』(分担執筆、日本証券経済研究所、2004年)、『地方交付税 何が問題か』(分担執筆、有斐閣、2003年)などがある。