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生田目 崇

生田目 崇 【略歴

教養講座

ビジネスにおけるデータ利活用の発展

―マーケティング分野を中心に―

生田目 崇/中央大学理工学部教授
専門分野 経営科学、マーケティング・サイエンス

情報が溢れる時代

 先日、ゼミのOGが訪問してくれたのでキャンパス近くのお店にランチに行きました。メニュー表をもらって開いたとき、およそ100種類の味とトッピングが異なるメニューが目に飛び込んできたのです。オーダーを決めるまでの数分間、目は泳ぎページを行ったり来たり。一緒に来たOGが「店員さん! どれでもいいから決めてくれ」とつぶやいたのが印象的でした。

 「あまりに情報が多くて決められない!」という声をよく聞きます。メーカーにせよ小売業にせよ、我々ニーズに合わせた製品・サービスを開発してきた結果、市場には数多くの製品・サービスが流通し、それに関する情報があふれかえるようになりました。こうした我々消費者にとっては多すぎる情報がかえって選択を困難にしていることもあります。

 野村総合研究所は、生活者1万人に対するアンケートで商品情報が多すぎて困ると答えた人の割合が、商品情報が不足していて困ると答えた人を大きく上回るという調査結果[1]を公表しています。このように情報過剰時代が到来したともいえます。

 こうした状況に対して、EC(Electronic Commerce:電子商取引)・小売業などの供給業者が、需要者である消費者に有益な情報に絞り込んで提供するかが問われるようになりました。

利用可能なデータは拡がる

 情報が増えることが決して悪いことではありません。小売業では1980年代にセブン=イレブンがPOSレジスタを、ヨドバシカメラがゴールドポイントカードを導入して以来、粒度の細かい購買履歴データと顧客データが取得できるようになりました。その代表がPOSデータやID付POSデータです。これらのデータを分析することで戦略的な売り場づくりやCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)が可能になりました[2]。また、ECでは、インターネット上で商品検索や比較、購入といった購買プロセス全体のデータがアクセス・ログとして記録されます。何気なく日常の様子や訪問した店舗のチェックインをSNSで書き込むこともありますし、こうした様々な行動データや生活記録が多種多様にさらに高頻度で記録されるようになりました。こうしたデータを近年では総称して「ビッグデータ」と呼び、メーカー、小売店もさることながら情報産業でのホットトピックとなっています。ビッグデータは単に量が多いだけではなく、リアルタイムに利用するもしくは複数の情報源のデータを組み合わせて使うといったことも特徴として挙げています。たとえば、あるカテゴリのウェブ閲覧情報とそのカテゴリ商品の店舗での購入履歴を合わせるといったことが挙げられます。

 利用可能なデータも従来のリレーショナルデータベースに記録された構造データだけではなく、GPSや各種センサーから取得されるセンサーデータや、ソーシャルメディアへの書き込みや画像のような非構造データへとその範囲を広げています(図参照)。そして、EMCによれば、2010年からの10年間で世界の情報流通量は200倍に膨らむと予測されています。[3]

図 ビッグデータの例

分析しないと有益な情報は抽出できない

 データをいかに記録、蓄積するかということも課題ですが、データが存在するだけでは何も役に立ちません。データの中から、経営・マーケティングに有用な情報を抽出してこなければなりません。つまり、集計や分析をすることが必要になります。データ分析で長い歴史を持つのは統計理論で、その後今日までさまざまな分析手法がでてきましたが、統計理論の重要性は色あせません。このほかにも、確率論や最適化に代表されるオペレーションズ・リサーチ、また大規模データに対応するために機械学習やデータ・マイニングなどを含む計算機科学も分析技術として重視されています。

 分析結果をいかに利活用するかについては、マーケティングの分野ではECサイトによるレコメンデーション(推奨)がその代表格でしょう。顧客ごとの購買履歴やサイト内の行動データなどを分析して、各顧客が購入したいと思われる商品を表示・プロモーションするという仕組みです。最初に紹介した「多すぎる選択肢からの絞り込み」をサイト側でしてくれるわけです。昔の商店街で「これ、今日おすすめだよ」とお客の顔を見て店主が声をかけていたのを、コンピュータで自動的に判定して、顧客一人ひとりのニーズに合わせたコミュニケーションを実現しています。ほかにも需要の予測精度を向上させ、流通における在庫を減らすことでコストダウンを図ったり、価格を需要に合わせて弾力的に変化させるなどの取り組みもされています。

 学術的な研究分野としては、それぞれの手法や理論を深く究めていくことも重要ですが、それとともに、どのような場面にどのように分析するかについての目利きをつけられる知識や経験も必要となってきています。現在、ビジネスデータの分析官として注目されている「データサイエンティスト」は、高度な分析技術に加えてこうした目利きがあることが求められております。

 したがって、データ分析ができる技術を習得すればよいというわけはなく、実ビジネスにそれを活用するためには、そもそもそのビジネスがどのような特徴を持ち、社会にどのような価値を提供しているかを理解することが必要です。その上で、現在何が問題であるのかを正しく定義できることが必要です。そして、分析から得られた結果を解釈し、次のアクションにつなげていくというプロセス全体を俯瞰して方向を決める力が必要になります。

将来への期待

 現在マーケティング分野のデータ分析で主流なのは、購買履歴やウェブサイトのアクセス・ログ・データなど、顧客の能動的な行動記録です。ビッグデータでは他にも前述した自動取得されるセンサーデータも着目されています。たとえばNTTドコモは携帯電話から一定時間間隔で得られる位置情報を集計したモバイル空間統計の活用を進めています。プライバシーに配慮することはもちろんですが、こうしたデータをエリアマーケティングはもとより、防災や街づくりなどに利用することが期待されます。

 近年では、使えるデータはみんなで共有しようというオープンデータも脚光を浴びてきました。また、政府も2013年12月にデータカタログサイト試行版が公開されました[4]。2014年2月現在、国が保有するおよそ1万件のデータが利用可能です。データ粒度は細かいとはいえませんが、社会全体でデータを共有し活用していこうという試みは今後も広がっていくことが期待されます。

 データ活用の取り組みは社会科学でもマーケティング分野に限ったことではありません。たとえばエネルギー消費の問題においても、これまでのように月に一度使用量を計測するのではなく、リアルタイムにエネルギー消費量を計測することで、エネルギー供給・消費のさらなる最適化を図ることもできるようになるでしょう。

 ビッグデータという言葉があたかもまったく新たな分野として出てきたように思われますが、これまで述べてきたように、計算機科学、統計学など複数の研究領域の進化がちょうど合わさり、シナジー効果を生んで現在注目されるようになったというべきでしょう。こうした進化は今後も進むことは確実でしょうから、データをいかに社会全体で活用していくかについての研究は、今後益々その価値が高くなることと思います。

  1. ^ 野村総合研究所、松下東子、日戸浩之、濱谷健史『なぜ、日本人はモノを買わないのか?』東洋経済新報社(2013)
  2. ^ 古林宏『CRMの実際』日本経済新聞出版社(2003)
  3. ^ EMCプレスリリース(2012)新規ウィンドウ
  4. ^ データカタログサイト試行版(2013)新規ウィンドウ
生田目 崇(なまため・たかし)/中央大学理工学部教授
専門分野 経営科学、マーケティング・サイエンス
1970年東京都生まれ。1994年東京理科大学工学部第一部卒、1999年同大学院工学研究科博士課程修了 博士(工学)。1999年東京理科大学工学部第一部助手、2002年専修大学商学部専任講師、准教授、教授を経て、2013年より現職。経営意思決定問題やマーケティングに関する定量分析などの研究に従事。主な著書に、マーケティング・データ解析、朝倉書店(2003、共編著)、マーケット・セグメンテーション―購買履歴データを用いた販売機会の発見、白桃書房(2008、分担執筆)などがある。