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山田 育穂

山田 育穂 【略歴

教養講座

都市のウォーカビリティ
−空間情報科学の視点から健康と環境を考える−

山田 育穂/中央大学理工学部教授
専門分野 空間情報科学、空間統計学、医療・健康地理学、都市解析

はじめに

 インターネット上で利用できる地図やスマートフォンのナビゲーション・アプリは、私たちの生活に欠かせないものとなってきていますが、こうしたシステムで利用されているディジタル化された地図や場所・位置に関わる情報を「空間情報」といいます。空間情報を扱う技術は、戦後アメリカ・カナダをはじめとする欧米諸国で、国防、土地・資源管理、都市・交通計画などの分野で徐々に発達してきました。当初、技術的な側面に偏りがちだった空間情報の分野に理論的な基盤と枠組みを与えようと1980年代後半に登場したのが、私が専門とする空間情報科学です。「技術」から「科学」への飛躍を旗印に、空間情報科学は理論や技術だけでなく、社会の中で空間情報を有効活用していくための制度や空間情報を扱う際の倫理規範などを、包括的に扱う学問分野となりました。

 人間の営みはほぼ全て、地球上の「空間」で起こっていますから、空間情報科学の対象は広汎です。自然、都市、社会・経済、文化など人間の生活を取り巻く環境について空間情報を整え、適切に解析することによって、社会の様々な問題の理解・解決に貢献することが、空間情報科学の大きな目的のひとつなのです。人間の健康も例外ではなく、ここでは、空間情報科学の健康問題への適用例として、私が取り組んでいる「都市のウォーカビリティ」についての研究をご紹介します。

アメリカの肥満問題とウォーカビリティ研究

 “Walkability”(ウォーカビリティ)。耳慣れない言葉だと思いますが、これは「歩く」の“walk”と「~できる」の“able”を組み合わせて作られた「歩くことができる、歩きやすい」という意味の形容詞“walkable”(ウォーカブル)の名詞形で、地域環境の歩きやすさを表す概念です。深刻な肥満問題を抱える欧米諸国において、住民の健康維持・向上のために環境面から働きかけようという取り組みのひとつとして、ウォーカビリティは登場しました。アメリカでは、成人のおよそ68%が肥満(注)であると言われています(Flegal et al. 2010)。厚生労働省の「平成24年国民健康・栄養調査」(2013)によると、日本の肥満率は男性約29%、女性約19%ですから、アメリカの肥満問題はまさに「国家的なエピデミック(大流行)」状態、個人レベルの治療や生活習慣改善の努力ではもはや対処できない危機的状況に達していると言えるでしょう。

 そうした中で注目されるようになったのが、都市空間を健康的なものに変えることによって、そこで生活する人々が食生活や運動習慣を負担の少ないかたちで改善できるようサポートすることを目指した、環境面からの肥満問題へアプローチです。ウォーカビリティ研究では、都市をウォーカブルに、つまり歩きやすくすることで、日常の中の徒歩移動を促進し、自然に身体活動量を増加させることを目標としています。肥満の根本的な原因は、摂取エネルギー(食事)と消費エネルギー(身体活動)のアンバランスにありますが、1990年代から急激に肥満問題が深刻化した背景として、自動車依存型の都市・社会構造や外食産業の台頭などの外的要因が指摘されており、環境の改善が肥満問題の軽減・解消に繋がると考えられているのです。日本のマスメディアにも時折取り上げられる、ファストフード店の立地規制や飲食店メニューのカロリー表示義務、衰退市街地へのスーパーマーケット誘致などは、摂取エネルギー側から健康的な食生活を促す環境づくりの例と言えます。

 欧米諸国に比べ肥満問題が深刻でない日本では、こうした取り組みは海外の特殊な事例のように受け取られがちですが、健康への環境的なアプローチ、特に日常生活における身体活動の促進を目指すウォーカビリティ研究は、他国に先駆けて超高齢社会を迎える日本にとっても、重要な示唆を含んでいます。歩くことは、特別な道具を必要とせず、年齢や性別、運動経験を問わず、多くの人々が容易に取り組むことのできる身体活動です。またウォーカビリティ研究は、スポーツジムで運動をする、健康のために散歩に出掛けるといった、特別に意識して行う身体活動ではなく、例えば、買い物や郵便局に自動車を使わずに歩いて行くといった、日常生活の中の緩やかなシフトを対象としています。超高齢社会においては、高齢者が健康であることが、個々人のみならず社会全体にとって重要な課題ですから、容易に取り組める身体活動で日常生活の中から健康をサポートするウォーカビリティは、超高齢社会を支える健康インフラストラクチャとして大いに期待できるのです。

(注) 肥満の定義は日米で異なり、ここでは日本の定義を用いた場合の肥満率を示している。日本ではボディマス指標(Body Mass Index; BMI=体重[kg]/(身長[m]))25以上を肥満とするが、アメリカでは30以上を肥満、25以上30未満を体重過多(太り気味)とする。

ウォーカビリティの「3D」

 では、ウォーカブルな都市とは、具体的にどのような都市を指すのでしょうか。歩くことをサポートする都市の物理的要素は、「人口密度(population density)」、「歩行者に優しいデザイン(pedestrian-friendly design)」、「土地利用の多様性(land use diversity)」の3つに概念化され、その頭文字を取って「ウォーカビリティの3D」と呼ばれています。人口の適度な集中は都市に活気をもたらし、また多様な土地利用がコンパクトに集合した都市構造を可能とします。これは、歩いて行かれる範囲に多数の目的地があることに繋がり、歩道や街路樹、街灯などが整備された接続性のよい道路空間とあわせて、日常生活の中の徒歩移動を、安全で快適なものとしてくれます。こうしたことから、「3D」要素の整った地域は歩くことに適した環境を持つと考えられるのです。

 もう少し具体的に、土地利用の多様性(図1)について見てみましょう。図中の円は中心の住宅から500mの範囲を示しています。住宅に特化した地域(a)では円内にほぼ住宅しかなく、歩いて訪問する先は限られてしまいますが、土地利用が混在した地域(b)の場合、円内の多様な目的地を歩いて訪問し、日常の用事を済ますことができます。次に、道路の接続性(図2)を考えてみます。住宅地を通過する自動車交通を減らすため意図的に接続性を低くした、昭和のニュータウンなどによく見られるタイプの道路ネットワークを持つ地域(a)では、地理的には近い2地点の移動に大きな遠回りが必要となります。一方、規則正しいグリッド状に道路が密に接続した地域(b)では、2地点間を比較的短距離で移動できます。このように、土地利用の多様性や道路の接続性は、歩くことの魅力度・利便性の指標として用いることができます。

図1:土地利用の多様性と目的地
(地区の色は土地利用カテゴリーを示します。概念の模式図として作成したもので、特定の地域の状況を表すものではありません。)

図2:道路ネットワークの接続性と移動距離
(概念の模式図として作成したもので、特定の地域の状況を表すものではありません。)

ウォーカビリティ指標の算出と空間情報科学

 ウォーカビリティの測定には、調査員による現地調査や住民を対象としたアンケート調査などの方法がありますが、コストが高いため広い地域を扱うのは困難です。そこで、広く使われるようになってきているのが、既存の空間情報を活用した空間情報科学的な手法で、自治体等が整備している土地利用データや道路データを、地理情報システム(Geographic Information Systems; GIS)と呼ばれる空間情報の処理に特化したソフトウェアで解析し、ウォーカビリティ指標を算出します。利用できるデータにより指標の種類や精度に制約はあるものの、現地調査・アンケート調査に比べて低コストで、広範な地域をカバーする客観的指標を得られるのが特長です。

 図3は、アメリカのユタ州ソルトレイク郡で約5000人を対象に、その住居から道路に沿って1km以内で到達できる地区の土地利用多様性指標を算出した結果です。郡北部から中央にかけて多様性が高く、そこから遠ざかるにつれて低くなる様子が見られます。郡北部は古くからの住宅地と中心業務地区、そこから中央に向かっては大通り沿いに商業施設が並ぶ住商混在の地区、中心部から離れると住宅地が主となるので、地域ごとの多様性の違いをうまく反映した結果と言えます。

 空間情報科学の視点からウォーカビリティと健康の関連性を研究する際には、まず、こうした指標を複数算出し、地域のウォーカビリティを総合的に評価します。そして、肥満レベルなどの健康指標とウォーカビリティ指標の関連を統計的に解析します。一般的な統計手法に2次元空間における位置の要素を導入した「空間統計」の手法が用いられることも多く、環境と健康の結びつきをより明示的に解析することができます。ソルトレイク郡の研究では17のウォーカビリティ指標を算出し、その多くが住民のBMIと統計的に有意なレベルで関連していることが分かりました(Yamada et al. 2012)。

図3:ユタ州ソルトレイク郡における土地利用多様性の空間分布
(データ提供: The DIGIT Lab at the University of Utah および Utah Population Database)

終わりに

 前述したように、都市のウォーカビリティは深刻な肥満問題を抱える欧米諸国で誕生した概念で、日本を含むアジア諸国における研究は未だ緒に就いたばかりです。また欧米諸国においても、特定の地域を対象としたケーススタディが主流で、ウォーカビリティと健康との因果関係を確立し、都市計画を動かすほどの成果は得られていません。ウォーカビリティの向上には都市構造の物理的変化が不可欠で、経済的・時間的な負荷が大きいため、ウォーカビリティの概念が都市デザインに反映されるまでには、時間を掛けた実証研究・社会実験が必須となるのです。また、欧米諸国とは異なる社会的・文化的背景を持つ日本の都市を考える際には、その特徴を考慮した適切なウォーカビリティ概念を構築することも重要となります。

 ウォーカブルで徒歩移動を促進する都市は、自動車依存度が低くエネルギー消費を抑えたエコロジカルな都市でもあります。住民の健康と資源・環境問題、それぞれに懸念を抱える我が国にとって、ウォーカビリティの高いまちづくりはその対策の大きな柱となる可能性を秘めています。今後、日本の都市の特徴に着目した研究を積み重ね、都市計画に活かしうる知見へと発展させていくことが、ウォーカビリティ研究の喫緊の課題です。

参考文献
  • 厚生労働省(2013)『平成24年 国民健康・栄養調査 結果の概要』新規ウインドウ(参照 2014年2月2日)
  • Flegal, K.M., M.D. Carroll, C.L. Ogden and L.R. Curtin (2010). “Prevalence and trends in obesity among US adults, 1999-2008.” JAMA 303 (3): 235-241.
  • Yamada, I., B.B. Brown, K.R. Smith, C.D. Zick, L. Kowaleski-Jones, and J.X. Fan (2012). “Mixed land use and obesity: An empirical comparison of alternative land use measures and geographical scales.” The Professional Geographer 64 (2): 157-177.
山田 育穂(やまだ・いくほ)/中央大学理工学部教授
専門分野 空間情報科学、空間統計学、医療・健康地理学、都市解析
東京都出身。1997年東京大学工学部卒業。1999年東京大学大学院工学研究科都市工学専攻修士課程修了。その後渡米し、2004年ニューヨーク州立大学バッファロー校地理学科博士課程修了(Ph.D.)。インディアナ大学−パデュー大学インディアナポリス校助教授、ユタ大学助教授を経て、2010年より東京大学空間情報科学研究センター准教授、2011年より東京大学大学院情報学環准教授を兼任。2013年より現職。
計量的な空間解析手法を健康問題へと適用し、住環境と住民の健康との関連性をテーマに、様々な研究を行っている。著書に、空間解析・空間モニタリングの手法を広く解説した Statistical Detection and Surveillance of Geographic Clusters(2009; ニューヨーク州立大学 P. ロジャーソン教授と共著)がある。