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岡 研吾

岡 研吾【略歴

温めると縮む不思議な材料

岡 研吾/中央大学理工学部助教
専門分野 固体化学 固体物性

身近に見られる熱膨張現象

 温めると体積が大きくなる熱膨張現象は、ほとんどの物質に共通に見られる性質です。日常生活では、ガラス管に封入した液体の熱膨張で温度を測るアルコール温度計や、温度センサーに使われている熱膨張率の異なる金属を貼り合わせたバイメタルなど、熱膨張現象を利用した道具が役立っています。しかし、熱膨張は様々な場面で問題を引き起こすやっかいな現象でもあります。たとえば、ガラスのコップに熱湯を急に注ぐと割れてしまうこと。これは、熱湯によりコップの内側が急激に温められ熱膨張するために起こる応力によるものです。電車のレールや橋の継ぎ目が空いているのも、熱膨張の問題を解決するためです。このように熱膨張という現象はとても身近なものなのですが、実際に熱膨張がどれくらいの大きさなのかはご存じでしょうか?

熱膨張の引き起こす問題

 熱膨張現象は日常的に目にしているはずですが、肉眼では熱膨張による長さの変化に気づく機会はほとんどありません。熱膨張の大きさは、線熱膨張係数(1℃の温度変化で長さの変化する割合)にして、ほとんどの物質で数十ppm/℃程度の大きさです。たとえば、10cmの鉄の棒(線熱膨張係数12ppm/℃)は1℃気温が上がると、1.2μm伸びます。目で見てもわからない小さな変化かとお思いかもしれません。しかし、自動車のエンジンのような高温で動作する精密機械では、長さの変化はこの数百倍にもなり、熱膨張による歪みを計算に入れて緻密に設計しなくてはなりません。また、最新のナノテクノロジーにおいても熱膨張の問題は深刻です。たとえば、最新コンピューターのCPUの配線の幅は20nm = 0.02μm以下まで微細化されています。このような精密な位置決めを要求される半導体産業などでは、ほんの1℃の温度変化が致命的な位置ずれを引き起こします。

熱膨張問題を解決せよ!

 では、熱膨張の問題を起こさないためにはどうすればいいでしょうか? それには、二通りのアプローチがあります。一つは、温度を一定に保つという方法です。原理的に、温度が変化しなければ熱膨張に由来する問題は起こりません。しかしながら、温度を一定に保つには設備投資と高度空調のための莫大なエネルギーを必要とします。もう一つのアプローチは、物質を熱膨張そのものしないようにすることです。『確かに物質が熱膨張そのものをしなければ問題は解決するけれども、そんなことが本当に可能なのか?』と疑問に思われる方も多いかと思います。しかし、それを可能にする不思議な物質があるのです。

負の熱膨張で熱膨張しない材料を作る

 熱膨張しない材料を作る―その鍵となるのが、温めると縮む、常識を覆す不思議な現象です。ほとんどの物質は温めると膨張しますが、数は少ないものの、温めると縮む不思議な物質が存在しています。温めると伸びる材料の熱膨張係数が正の値であるのに対して、温めると縮む物質の熱膨張係数は負の値をとりますので、負の熱膨張物質と呼ばれています。この負の熱膨張材料を添加して、正の熱膨張と負の熱膨張が相殺するようにすれば、熱膨張を抑えてゼロにすることができます。実際に、負の熱膨張材料(LiAlSiOなど)を添加した低熱膨張ガラスが市販され、電気・ガス調理器のトッププレートや超耐熱ガラス容器などに使用されています。

 温めると縮む材料があって、実際に熱膨張を抑えられるなら、もう問題は解決しているのではないか、と思われるかもしれませんが、実は一つ大きな課題があります。それは負の熱膨張材料の熱膨張係数があまり大きくないことです。もともとガラス材料は熱膨張係数が小さい(線熱膨張係数:<10ppm/℃)ので、熱膨張の抑制は比較的容易なのですが、熱膨張の大きな金属、樹脂材料などではそうはいきません。市販品ではマンガン窒化物をベースとした材料の線熱膨張係数-40ppm/℃が最高の値である一方、金属材料、樹脂材料の線熱膨張係数はそれぞれ10~30ppm/℃、50~200ppm/℃という大きな値です。構造材の特性を保つためには、負の熱膨張材料の添加量は少なくないといけません。そのために、従来材料を凌駕する巨大負の熱膨張材料が待ち望まれていたのです。

電荷の移動で巨大負の熱膨張

 巨大な負の熱膨張を実現するにはどうしたらいいか―そこで、私たちの研究グループは、圧力を掛けると、体積が大きい状態から体積の小さな状態に変化をする物質に着目しました。人工ダイヤモンドを合成できる高圧合成装置という特殊な装置を使って合成されるBiNiOという物質は、ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造をとります。この物質はビスマスという元素の特性により、常圧ではBi3+0.5Bi5+0.5Ni2+という不思議な価数状態をとっています。圧力を加えると、3.5GPaで、BiからNiに電荷が移動し、Bi3+Ni3+という価数状態に変化します。このとき、Niの価数が2価から3価に増えるため、Ni-O結合が収縮して体積が2.5%も収縮します。この巨大な体積収縮を利用すれば、従来材料を超える負の熱膨張材料が出来るのではないかと考えました。

 BiNiOの体積が収縮する変化は、電子状態と密接な関係にあります。化学的に電子状態を変化させることにより、この体積収縮を起こす変化をコントロールできるはずです。そこで、Biを一部3価の安定なイオンで置換することを試みました。そうすることによって、Bi3+Ni3+の価数状態を安定化し、高圧条件でなくても体積の収縮が起こるはずです。Biの一部を3価のみをとるLaで置換すると、圧力を加えなくても、高温でこの体積が縮む変化が起こるようになります。この変化の間、体積の大きな状態と体積の小さな状態が共存し、ゆっくりと割合を変化させていきます。結果として、平均的な体積は昇温に対して連続的に収縮していき、それが-82ppm/℃もの巨大負の熱膨張として観測されます。これは従来材料の倍もの大きさの負の熱膨張であり、樹脂材料にすら匹敵します。

Biをランタノイド元素(La,Nd,Eu,Dy)で置換した試料の熱膨張挙動。置換するイオン種と置換量を変化させることで、負の熱膨張をチューニングできる。

Biを一部ランタノイド元素で置換した際の価数状態の変化。

 私たちの研究グループは、中性子回折実験とX線吸収分光実験を行い、BiをLa置換量が増えると、BiとNiの間の電荷移動がより低温で起こりやすくなることを確かめました。つまり、負の熱膨張を化学的にコントロールすることが可能であることを示しています。そこで、BiをLaとそれ以外のNd,Eu,Dyというランタノイド元素で置換した場合の負の熱膨張挙動を調べた結果、置換する元素の種類及び置換量と負の熱膨張挙動の間に相関があることを突き止めました。つまり、この材料は目的に応じて、負の熱膨張の起こる温度や温度範囲をチューニングすることが可能ということです。これは応用を考えた場合、大きなアドバンテージになります。さらにNiサイトの置換も検討した結果、NiをFeで置換した試料が室温付近で-150ppm/℃以上もの巨大な負の熱膨張を示すことを発見しました。

 

ゼロ熱膨張樹脂材料

 それでは発見した新材料を使って、少ない添加量でゼロ熱膨張樹脂材料を作ることは可能なのでしょうか? そこで、実際にエポキシ樹脂(線熱膨張係数80ppm/℃)にNiをFeで15%置換した負の熱膨張材料(線熱膨張係数 -187ppm/℃)を分散させたコンポジット材料を作成し、熱膨張挙動を調べました。その結果、なんとたった18vol%の添加量で30℃から60℃の間、つまり添加した負の熱膨張材料が体積の収縮を起こす温度領域で、熱膨張をゼロにまで抑制することに成功しました。

 

NiをFeで置換した試料の熱膨張挙動。Feの置換量を変化させることによって、負の熱膨張の温度領域を制御できる。

 

エポキシ樹脂、NiをFeで15%置換したBiNi0.85Fe0.15、そしてエポキシ樹脂に18vol% BiNi0.85Fe0.15を加えた試料の熱膨張挙動。30℃から60℃の間で、コンポジット材料の熱膨張がほぼゼロとなっている。

最後に

 BiNiOをベースとした負の熱膨張材料は従来材料の数倍もの巨大な負の熱膨張と負熱膨張の温度域、温度幅をチューニングできるという優れた特性を有している材料です。少ない添加量で熱膨張を抑制できるというアドバンテージは、ゼロ熱膨張樹脂材料すらも実現できます。熱膨張は物質共通の性質であるため、熱膨張を抑制する技術は半導体デバイス製造や光通信などのナノテクノロジーのみならず、ありとあらゆる場面で活躍すると期待されます。

 本研究は東京工業大学応用セラミックス研究所 東 正樹教授を中心とした研究グループとの共同研究により得られた成果です。

岡 研吾(おか・けんご)/中央大学理工学部助教
専門分野 固体化学 固体物性
京都府出身。1983年生まれ。2010年京都大学理学研究科化学専攻博士課程修了。博士(理学)。2010年日本学術振興会特別研究員(東京大学物性研究所)、2010年東京工業大学応用セラミックス研究所特任助教を経て、2014年より現職。現在の研究課題は、Pb,Biを含む新規機能性材料の合成と物性研究。