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鈴木俊幸

鈴木 俊幸【略歴

浮世絵に囲まれたお雛様とお雛様に守られてきた浮世絵と

鈴木 俊幸/中央大学文学部教授
専門分野 日本近世文学

 越後国小千谷に通い始めてからもう20年以上。長い付き合いである。この3月3日から3日間、またお世話になってきたが、これからも3月と8月の年2回は「調査」にお邪魔していくことになろう。「調査」とは主として浮世絵の調査である。そして「調査」といっても、学術的成果を得ることを第一義としたものではない。足しげく通っているが、「調査」に基づく論文も無いことが、何よりその証しである。毎回大勢寄り集まってのそこそこの大調査ではあるが、科研費等外部研究資金も調達したことはなく、みな手弁当での参集である。これからもおそらく同様で、「成果」を目的としない「調査」が延々と行われていくだろう。

 小千谷では、浮世絵のことを「絵紙」と呼んでいる。その「絵紙」がじつに豊富に残されている稀有な町なのである。それは、当地の雛祭りの風習と大きく関わる。この町では、お雛様の部屋の壁面を「絵紙」で埋め尽くすことが一般に行われてきた。三枚続きの錦絵を4段か5段ほどつなぎ合わせて壁掛け状にしたものを四方の壁一面にめぐらせるのである。それはそれは華やかなことである。雛道具のひとつとして、絵紙は家々でお雛様とともに保存されてきたわけである。

呉服店山田屋の雛飾り

 信濃川の水運に恵まれたこの地は、越後の交通の要路の一つであり、特産の縮や上布を代表とする物資の集散地であった。この町の経済を牽引してきた縮問屋は江戸との往来が密で、江戸土産の定番である浮世絵が、ごく自然な形でこの地にももたらされたものなのであろう。本町の縮問屋であった旧家に、状態抜群の優品が画帖に仕立てられたりして残っていることがこの推測を助けてくれる。さらに推測を重ねるが、他家からの土産も含めて、意識して丁寧に保存するまでもないと判断されたものなどをもって、雛祭りの飾りを仕立ててみたものなのであろう。そしてそれが、幕末から明治にかけて、小千谷の町全体に広がり、当地に色濃い風習として定着、存続していったものなのであろう。明治期、外国の浮世絵ブームに乗って、浮世絵ブローカーたちは、全国に出向き、各地に残る浮世絵を買いあさった。小千谷については、年1回、お雛様とともに出番を迎えるだけというあり方が、これを免れるに大きな役割を演じたものであったと思われる。女性と子どものお祭りを演出するためのかわいらし気な飾りを売り物にしようという発想すら無かっただろうし、素人細工で不器用につなぎ合わせた浮世絵は、商品としての魅力にも欠けていたものだったと思われる。古いお雛様がこの浮世絵たちを文化とともに守ってきたのである。

 当地との関わりは、二十数年前のある日、長唄の稀音家義丸師からの奇妙な電話から始まった。変なものがあるから是非一度小千谷に来て見てほしいと。師は、稽古のためにしばしば小千谷を訪れていたのであるが、そこで何かを発見したらしいのである。電話では何がどう変なものであるのかまるでイメージできなかったが、師家の旨酒と美肴目当てが見え見えで長唄のほうには不熱心だった負い目もあって二つ返事で引き受け、ほぼ同じ負い目を持つ当時立教大学教授だった渡辺憲司さんとともに、義丸師夫妻同道で小千谷の表久横山表具店に。ここで見せられたものが、件の浮世絵を軸に仕立てたものであった。横山家のものは二十数本。浮世絵の枚数にすれば300枚以上になる。驚きであった。しかもそれが特別に大事にされているふしもなく、むしろぞんざいに巻かれ積み上げられているのも驚きであった。この町のどこの家にもある珍しくもないものであると表久横山久一郎さんの話。これまた驚きであったが、このぞんざいな扱いを納得させてくれる証言でもあった。

 さらに話をうかがうと、新しいお雛様にとって替わられ、扱いのやっかいな古いお雛様は蔵にしまいっぱなし、絵紙の飾りもともに放置され、最近はこれを知らない人も多いとのこと。埃をかぶった紙物は汚らしい。とりわけ大事に扱う意識も無い以上、蔵の場所ふさげとしてごみに出され、畑で煙にされることもままある話ということであった。さらには、蔵そのものをつぶして新居を建て直す時代となり、当然、不要で汚い紙の束は処分されていく。

 ここの浮世絵について何よりも特筆すべきは、普通に身近にあることである。当時そのままに日常に溶け込み自然に親しまれ続けてきたところにある。お雛様の飾りというのは普通ではないのであるが、美術館や展覧会で美術品として接するのではなく、誰もが身近に手に取れるところに今日まで普通に存在してきたという江戸時代と変わらない在り様そのものがきわめて貴重なのである。しかし、普通にあるものは格別気にとまらない。普通に流れていく日常の中で、それがいつの間にか目に付かなくなっても、そのものとともにあった普通の文化がともに失われていってもなかなか気付かない。

今年の調査風景

 というわけで、普通すぎるがゆえの散逸の危機、散逸による文化継承の断絶に強烈な危機感を覚えたわけであった。そこで「調査」と称して各家収蔵の絵紙を調査、目録作成という研究っぽいことをしてみせることによって、絵紙の貴重さをアピールしてみようということにした。横山さんもすぐに話に乗ってくれて、ここに「絵紙保存会」が結成された。この町の乗りの良い酒豪たちをメンバーとして発足した保存会の会合は苛烈を極め、潰されずにホテルに帰れた例しは無かったと言ってよい。美酒・佳肴を餌に仲間を釣り出し、年数回の「調査」を行う一方で、地元へのアピールのための展示会や講演会などを企画することが毎年のこととなった。そして、お年寄りたちの往時の雛祭りを懐かしむ声や、初めて絵紙に接した若い世代の感動のため息は、絵紙の文化に対する認識をゆっくりと再醸成させていった。

 そんな中、2004年10月、大地震がこの地を襲った。下から突き上げる直下型の地震は、お雛様や絵紙たちを守ってきた土蔵に壊滅的な被害をもたらした。多くの絵紙たちも、この時滅失、また散逸した。しかし、一方で、かろうじて救出された品々への愛惜の思いも高まったと思われ、その後、絵紙保存会へ寄贈や寄託も相次いだ。この悲惨な地震は、はからずも地域に伝わった文化財と文化に対する認識を一気に高めたように思われる。もう紙屑として捨てる人はいないはず、絵紙とともにある雛祭りのイベントも毎年町ぐるみで開催されるようになった。

 さて、今年も文学部では、この絵紙とお雛様を借り請け、3月22日(水)から4月7日(金)までの間、小千谷の雛祭りを再現する。卒業式・入学式の記念撮影もぜひここで。これまでずっと笑顔を見守ってきた絵紙たちは「撮影禁止」などというケチ臭いことなど一切言わないのである。

鈴木俊幸(すずき・としゆき)/中央大学文学部教授
専門分野 日本近世文学
北海道出身、1956年生、1979年中央大学文学部卒業。1981年同大学大学院文学研究科博士前期課程修了。1985年博士後期課程単位修得退学。
国士舘短期大学専任講師、中央大学文学部専任講師・助教授を経て、1998年より現職。
現在は、日本文化の基底から時代を理解するために、近世日本の書籍文化全般を、主として書籍流通の面から研究している。2005年日本出版学会賞、2008年ゲスナー賞受賞。
著書に、『江戸の読書熱-自学する読者と書籍流通-(平凡社選書)』(2007年、平凡社)・『増補改訂 近世書籍研究文献目録』(同年、ぺりかん社)・『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』(2010年、平凡社)・『江戸の本づくし 黄表紙で読む江戸の出版事情』(2011年、平凡社)・『新版 蔦屋重三郎』(2012年、平凡社)・『書籍流通史料論 序説』(同年、勉誠出版)等がある。