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石山 文彦

石山 文彦【略歴

多文化主義・法多元主義から見た法多様性をめぐる課題

石山 文彦/中央大学法学部教授
専門分野 法哲学、特に現代正義論(なかでも多文化主義の理論)

1 はじめに

IVR第28回世界大会・法多元主義のセッション

「アジア太平洋地域における法秩序多様性の把握と法の支配確立へ向けたコンバージェンスの研究」が何を課題としているのかについては、すでに「リポートその1」で説明されているが、そこでも述べられているように、「法多様性をめぐる課題は無限に広がって」いる。以下では本プロジェクトの課題を、法哲学や法社会学の分野で注目を集めている多文化主義(multiculturalism)や法多元主義(legal pluralism)のアプローチと関連づけて説明することにより、やや広い文脈の中に位置づけることにしたい。

2 国内法レベルでの多様性とコンバージェンス

「法文化」という言葉から示唆されるように法が文化の現れだとすれば、法の多様性は文化の多様性の現れである。現代人は文化の多様性をさまざまな場面で経験するから、その経験を通じて法の多様性も認識するだろう。

 たとえば、移民の受け入れは文化の違いを否応なく突き付ける出来事である。複数の文化が接触したとき、フランスで激化した「スカーフ論争」に見られるように摩擦や衝突が生じることも珍しくないが、出会った文化が相互に影響を与えつつ平和的共存や融合へと向かうことも十分にあり得るし、そのほうが望ましい。では、移民の持ち込んだ文化と受入社会の文化は、融合するのが望ましいのだろうか。それとも共存するのが望ましいのだろうか。多文化主義は複数の文化の共存が原則として望ましいとする立場だが、そうだとしても、受入社会は自分たちとは異なった文化をどこまで許容できる/すべきだろうか。「スカーフ論争」は服装に関する法規制の問題にまで発展したが、対立を収束させるため、どこに着地点を見出すべきだろうか。ここに、法の多様性とコンバージェンスをめぐる問題を見出すことができる。

 一般に、複数の文化の接触はヒト・モノ・情報の移動によって生ずるが、これらの移動には古代以来の歴史があるから、現代において文化的に一様な社会を見出すことはほぼ不可能であろう。それゆえ、法が文化の現れであるかぎり、多くの場合、国内法そのものも多様性を内包していると考えられる。ひとつの国の内部で一元的な法秩序が存在しているとの想定は、たとえ思考モデルとしてであっても、維持するのは困難だと言わざるを得ない。

3 西洋法と非西洋法の共存

リスボン大学(IVR第28回世界大会会場)

 法哲学や法社会学の分野で多様な法の共存という現象に着目してきたアプローチとしては、上で触れた多文化主義とともに、法多元主義がある。法多元主義は当初、国内法レベルで見出される西洋法と非西洋法の共存現象に注目していた。直近の世界学会[1]では、イスラームの法体系とイギリスの法体系が並存しているパレスチナの例などが紹介されていたが、植民地支配を受けた国のなかには、宗主国の持ち込んだ法と現地の法とが融合せず、現在でもかなりの程度、並存しているところがある。これらの国では、複数の法体系が、いわば互いに折り合いをつけながら共存しているのである。

 西洋法と非西洋法の共存は、異質な法体系を持ち込まれた旧植民地の場合だけでなく、自ら積極的に西洋法を取り込んだ諸国にも存在する。さらに、制定法や判例法レベルでの共存だけでなく、慣習や社会通念のレベルまで含めた共存にまで視野を広げれば、該当する国は飛躍的に増えるだろう。西洋法を継受した日本も、まさにその一例と言える。

4 遍在する法の共存

 現在の法多元主義は、西洋法と非西洋法の共存現象だけでなく、一元的法秩序観にそぐわない他の現象にも目を向けるようになっている。

 上記の学会で取り上げられた話題を、もうひとつ紹介しよう。インドでは、憲法が統一的民法典の制定を目標として掲げているものの、婚姻や相続を規律する家族法の分野では統一的法典がいまだ存在せず、当事者の宗教に応じて異なった法が適用されている。こうしたなかで問題が生ずるひとつの場面は、家族の一員が改宗したときである。たとえば、インドではムスリムのみが一夫多妻を法的に容認されているが、ヒンドゥー教のもとで婚姻した夫がイスラーム教に改宗したとき、この夫はさらに妻を娶ることができるだろうか。この点が争われた訴訟で、裁判所は、ヒンドゥー教の定める要件にしたがって元の婚姻を解消しないかぎり、この夫は新たに妻を娶ることはできないと判断した。改宗した夫はイスラーム教に規律されることになるはずであるが、裁判所は、改宗後も元の婚姻が解消されるまでは、ヒンドゥー教の規律を受け続ける(したがってそのまま新たな妻を娶れば重婚罪の問題が生じ得る)としたのである。インドでは現在、家族法の分野で、このような個別的解決を積み上げつつあるとのことである。

 一般に、多様な法が並存している状況では、それらの間でいかなる折り合いをつけるべきかが課題となり、その現れとして、具体的な場面で複数の法のうちのどれを適用すべきかの判断が必要になる。上記の例が国際結婚の場合と類似した問題であることからも示唆されるように、従来この問題を扱ってきた実定法分野としてすぐに思い浮かぶのは国際私法である。本プロジェクトが取り上げる国際取引における法の多様性とコンバージェンスの問題も、まさにこの分野に属している。

 しかし、複数の法が競合し、そのどれを適用すべきかを判断しなければならない状況は、ここまでの記述から分かるように国家間だけで生まれるわけではない。さらに、同じ状況は私法だけでなく公法の領域でも生じ得る。たとえば、税法の分野では、一方でタックスヘイブンなどのような課税逃れも防がねばならないが、他方で二重課税を防ぐという課題があり、そのための調整が必要とされ、また行われてもいる。刑事法の分野でも、一方で犯人の安全地帯への逃亡を防がねばならないが、他方で二重処罰を防ぐという課題がある。

 このように、法の多様性とコンバージェンスをめぐる問題は、グローバルなレベルでも国内法のレベルでも、また私法の領域でも公法の領域でも、存在している。こうした法の多様性は、維持・拡大されることが望ましいのだろうか、それとも縮減されることが望ましいのだろうか。その解答は法分野によって異なるであろう。テクニカルな処理が適した分野においては、一般に法の多様性よりも統一が望ましいことになるだろう。とはいえ、法分野による差はあっても法が文化の現れであるかぎり、どのような統一が望ましいのかについて単純に答を出すことはできないだろう。

5 国家法と非国家法の共存

 法多元主義が現在もっとも注目しているのは、非国家法である。グローバル化の進行に伴い、インターネットのドメインなどを管理するICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)などのように、非国家主体の活動が諸個人に対して国家と比較可能なほど大きな影響を及ぼすようになっている。そこで、こうした非国家主体の活動規定やルールを法(非国家法)とみなし、国家法とともに非国家法を取り込んだ法理論が追究されようとしているのである。

 非国家法は多様な分野に存在している。身近な話題として比較的取り上げられやすいのは、国際オリンピック委員会の定めるルールや環境問題にかかわるISOの規格であろう。そのほか、商取引におけるレックス・メルカトリアや国際金融における自主規制も、非国家法である。これらは、「国際商事紛争解決制度に関する潮流:シンガポールを中心に」で紹介された例に見られる仲裁機構のような、自立的な紛争解決手続きを備えることも多く、国家法の適用範囲外で諸個人に影響を及ぼすとともに、国家法に取り込まれたり、国家の裁判所で適用されたりする場合もあり、国家法と接触しつつ、共存しているのである。

 このような非国家法に対して、国家法はどのように関わるべきだろうか。非国家法から影響を受けつつも関与を強め、やがては統合へと向かうべきだろうか。逆に、非国家法の発展を奨励・促進すべきだろうか。ここにも法の多様性とコンバージェンスの問題を見出すことができる。そして、こうした非国家法への着目は、「法とは何か」という法哲学の根本問題に直結しているのである。

 
  1. ^ 法哲学社会哲学国際学会連合(IVR)第28回世界大会(2017年7月、於リスボン)。この大会では、文化多様性や法多元主義に関する複数のセッションが開かれた。
石山 文彦(いしやま・ふみひこ)/中央大学法学部教授
専門分野 法哲学、特に現代正義論(なかでも多文化主義の理論)
東京都出身。1961年生まれ。1984年東京大学法学部卒業。 1986年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。
1991年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。法学博士(東京大学)
大東文化大学専任講師・助教授・教授を経て2009年より現職。
現在の研究課題は、グローバルな正義における文化の多様性の価値などである。
主要著書・論文としては、以下のものがある。
「多文化主義理論の法哲学的意義に関する一考察――ウィル・キムリッカを中心として(一)~(六)」『国家学会雑誌』113巻1・2号、7・8号、11・12号、114巻3・4号、9・10号、115巻9・10号(2000年~2002年)。
『法の臨界 Ⅲ 法実践への提言』(共著、東京大学出版会、1999年)(「言語政策と国家の中立性」を執筆)。
『人間的秩序――法における個と普遍』(共著、木鐸社、1987年)(「「逆差別論争」と平等の概念」を執筆)。