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MS&ADが描く「安心」を進化させるAI戦略②
MS&ADがAIで描くお客さま提供価値の進化――グループ横断 価値創造ワークショップの全貌
MS&ADインシュアランスグループホールディングスは、前回の記事で示した通り、AI駆動型企業への変革を目指して、生成AIの活用を事業基盤に据えている。すなわち、AIによって社内業務の効率化のみならず、万が一に備えるという従来の保険の枠を超えた「新たな価値」を創出し、お客さまや社会に「新たな体験」を提供することを目指している。
MS&ADは2027年4月、傘下の三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険の合併に伴い、「三井住友海上グループ」に社名変更する。このグループの変革期において、損保から生保までを手がけるグループ各社、部署の垣根を超え、事業課題の解決と新たな価値創造の鍵となるAI活用の共通理解を深め、その実践を組織横断で進める体制づくりを推進する。それを進めるための「本気度」が示されたのが、2026年3月11日に東京都内で開かれた「価値創造ワークショップ」だ。社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)を進め、イノベーションを創出する研究企業である「松尾研究所」の外部知見を交え、各グループ企業の社員が「リスクに挑み、世界をリードする」「お客さまから最も選ばれる保険・金融グループを目指す」ためにAIで何ができるのか、熱い議論を交わした。AIと人が協働し、どのような新しい価値を届けられるのか。その議論の先にあったものとは──。
AIと人が協働をする“AI駆動型企業への変革”
MS&ADが目指すのはAI駆動型企業だ。定型業務はAIに代替し、人は高度な判断や繊細な対話に集中する。例えば事故時のレッカー手配はAIが支援し、デリケートな相談は人が担うなど、最適な役割分担を通じて、これまでにない「お客さまの新たな価値、体験」を届けていく――これがMS&ADの目指す先であった。
まさに「お客さまへの新たな価値、体験」を構想するためにこのワークショップは開かれた。既存の視点や制約に囚われていては、真に革新的なお客さま価値の創造は困難である。そのため、このワークショップでは、意図的に現行の枠組みから離れ、将来あるべきお客さま体験の絵姿を具体的に描くことに挑戦している。
ワークショップではまず、松尾研究所がAIを活用する意義、ポイントについて講義するインプットセッションを実施。それを踏まえたアウトプットセッションでは、グループ各社の社員がワーキンググループ(WG)に分かれて「お客さま体験」と「保険の価値」の向上を目指して課題を抽出し、「2030年以降の保険のあるべき姿」をテーマに議論した。
インプットセッションでは、松尾研究所のAI開発事業ディレクターの東稔氏が、AIの活用を前提としても、その基となるデータの選択を誤ると効果が少ないことを指摘。「これからは、AIエージェント同士が人を介さずにやりとりする世界が来る。その世界を見越した時に、顧客体験・ビジネス・データを三つ巴でどう設計するかが競争優位の本質になる」と強調した。
アウトプットセッションは、インプットセッションでの提言や学びを受けて、“お客さま体験”、“保険・サービスの価値”など保険のバリューチェーン(価値連鎖)全体を網羅するようにチームに分かれて議論を実施。①保険金の支払い・損害サポートサービス(損害サポートWG)、②保険を引き受ける可否の判断をする「アンダーライティング」(アンダーライティングWG)、③お客さま視点に立った未来の販売モデル(販売モデルWG)――という三つの視点で検討された。各WGには三井住友海上、あいおいニッセイ同和損保、三井ダイレクト、そして持株会社であるMS&ADホールディングスなどから多様な年代の社員5~6人ずつが参加。セッションの一つでは、抽出した課題を付箋に記してホワイトボードに貼り付け、解決に向けた議論の進展を示すフローチャートを素早く展開していた。
損害サポートWGは「保険金支払いまでのプロセスが煩雑で時間を要するという課題をどう解決するか」、アンダーライティングWGは「人材不足の上に育成に時間がかかる、新しいリスクの判断のためのデータが必要。ここにAIを活用できないか」、販売モデルWGは「お客さまが抱く『保険会社=もしもの時のネガティブなもの』という心理的な壁に着目。どうしたら事故がない平時においても、お客さまひとりひとりのニーズに合ったサービスや情報をストレスを感じさせることなく提供できるか」などそれぞれ議論した。
3領域で見えた課題と可能性
各WGはその後、取りまとめた内容について発表した。損害サポートWGは「目指すのは、お客さまの手間を徹底排除した体験。例えば事故時に写真を1枚撮るだけでAIが状況を自動解析し、保険金算定まで一気通貫で進む仕組みや、ドラレコの衝撃検知を起点にお客さまが手続きを始める前から支払プロセスが始動する世界観など、AIを活用してプロセスそのものを改革する必要がある」と話した。アンダーライティングWGは、人材不足・育成課題に対して、ベテランの経験という「暗黙知」に依存した現状からの脱却を主要テーマに議論。膨大な過去の知見をいかに「形式知」へと転換できるか。そして、「グループのデータだけをAIに学習させて判断するのには限界があり、(グループ外の)サードパーティーが持つデータの活用が要になる。一方で、データ化しきれない要素など最終的には人の判断も必要だ」とした。
販売モデルWGはアンダーライティングWGと同様にサードパーティーのデータ活用を指摘し、「事故がない平時において、他の金融機関やサービスなどが持つ生活に関する情報と連携し、それぞれのお客さまニーズに合った分析・情報の提供手段として、AIを活用する」との取りまとめ結果を示した。
参加者が語るワークショップの手応えと今後の意気込み
今回のワークショップで展開された議論を、グループ各社がAIを活用したお客さま満足度の向上や社会貢献にどうつなげるかが重要になる。
ワークショップに参加をした社員からは「お客さまが事故や自然災害の被害に遭われた際に、簡便に手続きができ、迅速に保険金を払うことが重要と考える。そのためには目の前の効果のみを追求するのではなく、先を見据えた思考の重要性を学んだ。そして、AI活用を部分最適ではなく全体最適にするためには、各領域が連携した取り組みが非常に重要と感じた」との声が寄せられた。このほか、「社会的インパクトのある課題に対して、現場から考えられる環境と裁量が当グループにはある。単に技術を使うだけでなく、技術で保険のあり方を変える挑戦ができそうだという手応えを感じた。」といった感想があった。新たな金融・保険グループへの変化に向けた一歩になったようだ。
構想から実装へ、ワークショップの先に描く次の一手とは
ワークショップに主要メンバーとして携わった松尾研究所の東氏と持株会社であるMS&ADホールディングスのイノベーション企画部グループDX推進チーム長の武藤英気氏に保険業界にAIを導入する意義、ポイントと、それに向けた今回のワークショップの成果について聞いた。
人とAIの役割分担 価値を生むデータ戦略
東氏は、保険業界の特徴として、顧客の人生、経営にとって重要な災害や事故など有事の対応を挙げ、「会社の風土や社長の人柄など、データにならない部分は人が現地に足を運んで把握すべきものです」と指摘。そのうえで、「ドライブレコーダーなどの膨大なデータの分析など、人が処理できるスケールを超えた領域はAIに任せます。この設計が商品開発力と顧客満足度を左右します」と、人とAIのすみ分けの一例を示した。
導入の重要なポイントとして、「無関係なデータをAIの学習材料に混ぜると、ノイズが増えて判断の精度が下がります。さらに、データをためるほど維持管理にコストもかかる。データを資産にするためには、企業の価値向上と、そのために本当に必要なデータを紐付けることが不可欠です。それができるかどうかは、中長期的に何が必要かという、社内での骨太の議論にかかっています」と訴えた。今回のワークショップについて、「データ活用にとどまらず、人材育成やビジネスモデルを含めた議論が各グループから出てきた。短期と中長期の両輪で考えることの手応えを感じていただけたのではないでしょうか」と総括した。
AI導入 体験価値向上へグループ一体で推進
武藤氏は、まず「商品や企業の価値を創出するために、AIを導入しない選択肢はない時代」との前提を提示した。具体的には、「事故に遭って不安なお客さまにどう接するかという人間力は引き続き求められる一方で、どの損保、商品を選択するか、判断に手間をかけたくないお客さまがAIを駆使する時代でもあります。双方に対応できれば、満足度を高め、『体験価値』の向上につながります」と話した。
グループはまず、足元の三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険の合併業務に集中する必要がある。その中でもAI化を推進するためには、持株会社による今回のワークショップが重要な役割を担う。武藤氏は「今回のワークショップを通じて、個々の業務領域に特化をして部分最適で考えるのではなく、全体最適で考える重要性を改めて感じました。各領域の課題を解決していくには、他のWGでの新たな取組が活きてくる。全体像を描くことの重要性を我々に再認識させてくれました。参加者がグループ各社に持ち帰って実装するためのバイパスです。もっとも、グループは従業員が数万人規模ですので、ワークショップの開催だけではAI化は進みません。AIを利用すれば、業務効率化だけではなく、新たな価値を創出できるという期待感をグループ全体で醸成することが非常に重要です」と、未来の「三井住友海上グループ」を見据えて訴えた。
最後に武藤氏は「ここで生まれたアイデアの種を具体的な実装へと繋げ、さらに次の価値創造のサイクルへと発展させていくこと。それこそが、未来のお客さまと社会に対する我々の責務だと考えています」と力強く語った。