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岡本 正

岡本 正 【略歴

災害復興法学の体系化とリーガル・レジリエンスの獲得

岡本 正/銀座パートナーズ法律事務所 弁護士・博士(法学)・前中央大学大学院公共政策研究科客員教授
専門分野 災害復興法制・情報法制・企業法務(内部統制・事業継続)・損害賠償法制・公共政策・防災・リスクマネジメント

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東日本大震災と災害復興法学の誕生

 2011年3月11日の東日本大震災及び原子力発電所事故の直後から、弁護士は被災地において無料法律相談活動を展開し、被災者のリアルな悩みを聞き、それに寄り添う努力をしてきた。当時弁護士であると同時に、内閣府上席政策調査員として出向中であった筆者は、内閣府の許可を得て日本弁護士連合会(日弁連)災害対策本部に個人的に掛け合い、日弁連災害対策本部の嘱託室長を兼任することになった。弁護士による無料法律相談によって得られた「被災地のリーガル・ニーズ」の集約と分析を行い、政策に生かすことを目指したのだ。その結果、1年余りのうちに、日弁連が集約しただけでも4万件を超えるデータ・ベースが構築された。リーガル・ニーズの分析結果は、災害直後から様々な立法提言に活用され、被災者支援や災害復興に資する法改正や新規立法に繋がった。

 膨大な被災者の声の分析や内閣府における公共政策の経験をもとに提唱したのが「災害復興法学」(Disaster Recovery and Revitalization Law)である。具体的には2012年以降現在まで慶應義塾大学で、2013年度から2016年度に中央大学で講座を創設したほか、産学官の組織、地域コミュニティ、マンションコミュニティなどのあらゆるセクターへのリスクマネジメント支援としてアウトプットされている。

災害復興法学とは

 災害復興法学は、①法律相談の事例から、被災者のニーズをあつめ、傾向や課題を分析すること、②既存の制度や法律の課題を見つけて、法改正などの政策提言を実施すること、③将来の災害に備えて、新たな制度が生まれる過程を記録し、政策の手法を伝承することをミッションとしている。これらを実行することで、これまでの課題を将来に引き継ぐことを目指す。加えて、④災害後に助けとなる法制度、すなわち「生活再建制度」についての知識を備えるための「防災教育」を実施することも含んでいる。実社会の企業や個人への還元があってこその災害復興法学だと考えている。

被災者のリーガル・ニーズの視覚化

 被災者の生の声、リーガル・ニーズという目に見えない真実を、「視覚化」して政策実現の根拠資料(これを「立法事実」という)とすることが必要である。東日本大震災におけるリーガル・ニーズの分析結果の詳細については、参考文献『災害復興法学の体系』や『災害復興法学』に譲るが、ここでは、1年余りのうちに収集された、4万件の事例のうち、岩手県、宮城県、福島県のリーガル・ニーズの傾向を紹介する。

図1:岩手県の被災者無料法律相談内容の傾向(2011年3月~2012年5月)

図2:宮城県の被災者無料法律相談内容の傾向(2011年3月~2012年5月)

図3:福島県の被災者無料法律相談内容の傾向(2011年3月~2012年5月)

 津波被害の影響が甚大な地域では、犠牲になった方のご家族からは相続に関するあらゆる相談が寄せられた(16相続)。同様に、住まい、仕事、財産を失った被災者からは、住宅ローンの支払いが困難であるとの声も多数に上った(9住宅ローン)。そして、自治体等が窓口となる法律上の支援制度について、行政に代わって弁護士が情報を整理して提供することが常態化し、被災者支援の中で大きな役割を果たしていた(12震災関連法令)。一方、都市部で地震被害が大きかった地域や、沿岸部でも都市が大きく被災した地域では、「5不動産賃貸借(借家)」の紛争が常に絶えないことも明確になった。さらに、原子力発電所事故の影響が大きい地域では、被災者の抱える紛争や再建の悩みの背景に常に原子力発電所事故が絡んでおり、圧倒的な相談のボリュームとなった。(22原子力発電所事故等)

復興政策への寄与と課題の伝承

 県単位でのリーガル・ニーズの分析にとどまらず、市町村単位、時系列、被災者の属性別の分析を試みながら、災害直後から弁護士は数多くの提言と政策形成活動を行った。その結果、表に示した制度改正に寄与した。被災者のかかえるローンについて、破産のデメリットを回避しつつ、減免できる制度である「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」の新設もその一つである。これは東日本大震災のみに適用されるものであるが、その後も議論が重ねられ、2015年12月には、災害救助法が適用される自然災害に共通して適用できる「自然災害債務整理ガイドライン」の策定が実現している。一方で、将来の巨大災害を念頭におけば、まだまだ課題も多く、災害復興法制の改善は道半ばにある。「災害復興法学」を体系化し、整理することで、残された課題を将来の世代に伝承することが我々の務めではないだろうか。

表:弁護士の提言が寄与した災害復興政策・立法の例

防災教育や企業防災への貢献

写真1:慶應義塾大学法科大学院「災害復興法学」

 被災者のリーガル・ニーズが明らかになったことから、災害が起きる前から、「防災・減災」として、①被災者や被災企業がどんな悩みを抱えるのか、②被災者の生活再建や企業の再生に資する法制度としてどのような知識を事前に備えるべきか、が次第に明確になってきた。筆者は災害復興法学の体系化と研究をベースに『防災を自分ごとにするための生活再建の知識の備え研修プログラム』を構築し、産学官のあらゆるセクターへ展開している。たとえば、多くの被災者が抱える悩みである「住まいや仕事を失ったが、いったい何から始めればよいのか検討もつかない」という声に対しては、「まずは罹災証明書という住宅の被害を公的に認定する制度があることを知る」ことが何よりも希望に繋がる。このためには、災害が起きる前から、『防災教育』として「知識の備え」をすることが必須なのである。これらの教育は、単に一個人として生活再建を果たす教育として捉えるだけではなく、組織や企業の担い手である職員や取引先の人材の再生として考える必要がある。すなわち、社員教育のなかで、「生活再建の知識の備え」の習得を目指す研修プログラムを実施することが、組織全体の強靭性(レジリエンス)に繋がる。さらには、「事業継続計画(BCP)」の一貫として、企業の危機管理や内部統制システム構築の場面としても考えることができるのである。

リーガル・レジリエンスの獲得を目指して

写真2:2015年4月に発生したネパール大地震対応セミナー(2015年10月)

 災害法制がこれほどまでに改善を余儀なくされるのは、「具体的に準備していたことしかできない」からに他ならない。様々な災害復興政策を実行するにおいても、予め具体的な行動指針となる「法律」が存在し、行政の現場の「運用」にしっかりと落とし込まれていない限り、迅速な被災者支援はできない。災害法制は、時代の変化や、新たな災害の態様に応じて、常にその課題を発見し、克服するという作業を繰り返さなければならない宿命にある。この所作こそが、社会の中に「法的強靭性」(リーガル・レジリエンス)を獲得することに繋がるのである。国連の2030年に向けたアジェンダである「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals:SDGs)では、「強靭さ」(resilience)の獲得が大きなテーマとなっている。災害後の膨大な被災者のリーガル・ニーズの分析と、それに応える災害復興政策の軌跡を、日本から世界へ発信することが必要になる。

参考文献

岡本正(2018)『災害復興法学の体系:リーガル・ニーズと復興政策の軌跡』(勁草書房)

岡本正(2014)『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会)

岡本 正(おかもと・ただし)/銀座パートナーズ法律事務所 弁護士・博士(法学)・前中央大学大学院公共政策研究科客員教授
専門分野 災害復興法制・情報法制・企業法務(内部統制・事業継続)・損害賠償法制・公共政策・防災・リスクマネジメント

神奈川県出身。1979年生まれ。2001年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2017年9月新潟大学より博士(法学)授与。2003年に弁護士登録(第一東京弁護士会)。現在は銀座パートナーズ法律事務所パートナー弁護士。2009年から2011年内閣府行政刷新会議事務局上席政策調査員、2011年から2017年文部科学省原子力損害賠償紛争解決センター総括主任調査官を務める。2012年度に「災害復興法学」を創設し、慶應義塾大学法科大学院、同法学部の講師を務め現在に至る。2013年から2016年度は中央大学大学院公共政策研究科客員教授も務め、「災害復興法学」の講座を行う。代表著書に『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会、2014年)、『災害復興法学の体系:リーガル・ニーズと復興政策の軌跡』(勁草書房、2018年)。NHK「視点論点」、読売新聞「顔」、朝日新聞「ひと」などメディアも多数。