特集

身近にある数学の世界~「数」の面白さと社会への応用~

渡邉 究(わたなべ きわむ)/中央大学理工学術院教授
専門分野 代数幾何学

聞き手:三井 誠(読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員)

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 中央大学が歴史の中で培ってきた「価値ある知」を社会に還元する「中央大学×大手町アカデミア」。第13回となる今回は「身近にある数学の世界~「数」の面白さと社会への応用~」と題して5月27日に開催されました。中央大学基幹理工学部教授の渡邉究教授が、私たちの日常生活に隠れている数学の存在や、現代社会を支える数学の役割などについてわかりやすく解説。講演後のトークセッションでは、読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員・三井誠氏との対話を通じ、数学の苦手意識の克服法やAI技術が数学研究に与える影響についても議論されました。

日常生活の中にある数学

 講演の冒頭で渡邉教授は、自身が執筆した一般向け書籍『数字がわかれば世界がわかる!すごすぎる数の図鑑』(KADOKAWA)を紹介しました。同書は、高度な内容ながら数学を専門的に学んでいない人や子どもでも楽しみながら読めるように執筆されたもので、数の不思議や未解決問題、数学と現代社会との関わりなど幅広いテーマを取り上げています。今回の講演では、同書の内容をベースに数学が私たちの暮らしや社会とどのようにつながっているのかを、具体例を交えながら解説が行われました。

 まず渡邉教授は、数学や数の概念が日常の中に数多く存在していることを説明しました。物の個数を数えること、時間を確認することなど、数や図形は日常のあらゆる場面で使われています。また、GPSによる位置情報の計算やスマートフォンの顔認証、コンサートホールの音響設計など、すぐに数学とは結び付かないように思える技術においても数学が活用されています。

 渡邉教授は「そもそも数学は自然科学を記述するための言語である」と説明。物事を科学的に分析・解析しようと思えば必然的に数や数学を用いることになるため、至るところで数学は使われていることになると述べました。

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人間の感覚と実際の「数」とのギャップ

 次に渡邉教授は、人間の「数」に対する感覚と現実が大きく異なる例をいくつか紹介しました。

 最初の例は「紙を折り畳んだときの厚さ」についてです。厚さ0.1ミリの紙を半分に折ると、そのたびに厚さは2倍になります。1回折るだけでは0.2ミリメートルですが、20回折るとビルの高さに匹敵する約105メートル、25回で富士山の八合目あたりの約3,355メートルに達し、42回で月までの距離に匹敵する約44万キロメートルにもなります。このように最初は増加が小さく見えても、ある段階から急激に大きくなる現象は数学では「指数関数的増加」と呼ばれています。

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 二つ目の例は「確率」についてです。渡邉教授は年末ジャンボ宝くじの当選確率について、一等の当選確率が約2000万分の1であると紹介。東京都の人口が約1400万人であることを考えると、都民全員が1枚ずつ購入しても当選するとは限らないほど低い確率であると指摘しました。

 さらに、スマートフォンゲームのガチャの当選確率にも言及しました。例えば当選確率1%のレアキャラクターを狙う場合、多くの人は「100回引けば1回は当たる」と考えがちです。しかし実際には、毎回独立して1%の確率が適用されるため、100回引いて1回以上当たる確率は約63%しかないといいます。

 続いて紹介されたのが「六次の隔たり」と呼ばれる考え方です。これは、6人の知人関係をたどれば世界中の誰とでもつながることができるという仮説です。仮に1人が50人の知人を持ち、その50人がさらに50人ずつ知人を紹介できるとすると、人のつながりは50の累乗で増えていきます。6段階目では約156億人分に達し、世界人口の約2倍に相当する人数まで増加します。実際には重複が出るはずですが、単純計算では、6段階で世界人口を上回る規模に達します。これも人間の「数」の感覚と現実が乖離している例のひとつだといいます。

数学が役立っている暗号について

 講演の後半では、数学が現代社会を支える具体例として暗号技術が取り上げられました。その鍵となるのが、「余り」と「素数」です。

 渡邉教授は12時間ごとに元の位置へ戻る時計を例に、周期の計算について解説しました。例えば1時から100時間後が何時になるかは、100を12で割った余りを考えることで求められます。このような考え方は数学では「合同式」という形で体系化されています。

 また、素数についても説明が行われました。素数は1と自分自身でしか割り切れない2以上の整数であり、すべての2以上の整数は素数の掛け算によって表すことができます。渡邉教授は、素数は「数の世界の基礎部品」といえる存在であり、それらの組み合わせで「数」ができていると説明しました。

 これら合同式や素数の性質は、RSA暗号のような公開鍵暗号にも応用されています。RSA暗号は、インターネットの安全性を支えてきた代表的な暗号技術の一つであり、その安全性は、巨大な数を素因数分解することの難しさを土台としています。合同式や素数は数学の知識としては高校生でも理解できる基礎的なものですが、約300桁の素数ふたつを掛け合わせた数を素因数分解するには現代のコンピュータでも膨大な時間がかかり、現実的な時間で解くことは困難です。

 渡邉教授は、このRSA暗号のように普段意識することがない部分で数学が使われており、それによって私たちの生活の一部が支えられていると述べ、講演を終えました。

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トークセッション

 三井氏とのトークセッションでは、まず「数学は身近で役立つものなのに、なぜ苦手な人が多いのか」というテーマが取り上げられました。

 これについて渡邉教授は、算数や数学が次第に抽象的になることが大きな理由だと説明しました。小学校低学年では具体的な数を扱いますが、やがて分数や小数、文字式、二次関数へと進みます。そうして扱う対象が自分の感覚から離れていくため、多くの人が難しさを感じるようになるのではないかといいます。

 また、歴史や理科といった分野であれば、自分の好きな時代や事柄だけを勉強できますが、数学はどこかで理解が不十分になると、その先の内容についていけなくなるという特徴があります。このように、数学が積み上げ型の学問であることも理由のひとつではないかと推測しました。

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数学の魅力とは

 三井氏に、研究者として数学と向き合う魅力について問われた渡邉教授は、大学院時代の研究体験を回想。解けるかどうかわからない問題に対し、暗闇の中を探検して出口を探し出すように答えを導き出した体験のおもしろさや、人類で自分が初めて定理を発見できるという興奮が今も研究の原動力になっていると話しました。

 また、そうした研究結果がすぐに社会の役に立つとは限らないが、数学は汎用性が高い学問であり、さまざまな研究成果をストックとして持っていれば、いずれ必要なときに応用・実用化できる可能性があるとし、数学は社会に貢献できる学問であるとしました。

AI時代における数学

 近年急速に進歩するAIについても話題が及びました。渡邉教授は、80年近く未解決だった数学の問題がAIによって解かれるなど、AIは目覚ましいスピードで進化していると紹介しました。しかしその一方で「どういう問題を解くべきなのか」という部分では、人間の役割が依然として重要であると強調しました。そして、今後は数学者がAIと共同で研究を行い、知の地平を広げていくだろうと予想しました。

 最後に子どもが数学に興味を持ったり、苦手意識を克服する方法について問われると、渡邉教授は「押し付けるのは逆効果であり、興味の種をたくさんまいておくことが大切だろう」と述べました。数学のどこに面白さを感じるか、いつ興味が芽生えるかは人それぞれです。だからこそ、教科書ではない数学に関する本を渡したり、科学館や数学館に連れていくなど、さまざまな形で数学に触れる機会を用意してあげることが大切ではないかと述べ、トークセッションを締めくくりました。

※2026年5月27日に開催した「中央大学×大手町アカデミア第13回 身近にある数学の世界~「数」の面白さと社会への応用~」の動画はこちら。

渡邉 究(わたなべ きわむ)/中央大学理工学術院教授
専門分野 代数幾何学

横浜市出身。 1984年生まれ。2006年早稲田大学理工学部数理科学科卒業。2008年早稲田大学理工学研究科修士課程数理科学専攻修了。2010年早稲田大学基幹理工学研究科博士課程数学応用数理専攻修了。 博士(理学)。学術振興会特別研究員DC1・ PD(早稲田大学)、学術振興会特別研究員PD(東京大学)、 埼玉大学理工学研究科助教などを経て、2020年4月中央大学理工学部准教授、2026年4月より中央大学理工学術院教授。

現在の研究課題は、接束の正値性の観点からの代数多様体の構造研究とファノ多様体の構造研究である。近年はYouTubeにおける講義関連動画の公開やSNS活動など、アウトリーチ活動にも力を入れている。

ホームページ:https://sites.google.com/site/kiwamuwatanabeshomepage/