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トップ>研究>「膜の精」が未来の水インフラを救う!?

研究

山村 寛

山村 寛 【略歴

「膜の精」が未来の水インフラを救う!?

山村 寛/中央大学理工学部人間総合理工学科准教授
専門分野 環境技術・環境材料、土木環境システム

2極化する水インフラの未来

 普段何気なく利用している水道と下水道。これらは1960年代の高度経済成長期に急速に整備された「水インフラ」であり、水道は普及率99%、排水処理施設もあと10年で概成すると言われている。一方で、世界を見ると水を確保するために往復2時間以上をかけて重いタンクを運ぶ人や、未だトイレの存在さえも知らない人がいるのも事実である。水インフラの現状は、2極化された世界を如実に顕している。

 途上国では、上水道普及率が平均寿命に大きく影響を与えることから、水インフラの急速な普及が求められている。国連のミレミアム開発目標(MDGs)では、安全な水へアクセスできない人口を2010年までに半減することを目標として国連が中心となり、各国が協力して井戸の掘削や上水道の整備を推進した結果、前倒しでこの目標を達成している。一方で、水道整備に伴って汚水量が増えた結果、近年、水環境の悪化が著しい。カンボジアの首都、プノンペンでは排水処理場も街の中心部に1箇所があるのみで、その他の排水はそのまま湖沼や河川に放流されているのが現状である。さらに、途上国では街が郊外に向けて無秩序に拡大しており、インフラ整備が全く追いついていない状況となっている。国連が提唱するSDGsの17の目標のうち、ゴール6において、改善された衛生設備を掲げており、トイレの普及と排水処理施設の導入率の向上を2030年までの目標として掲げている。

 一方で、日本をはじめとする先進諸国でも水インフラに関わる課題が顕在化しつつある。アメリカのデトロイト近郊に位置する中核都市フリントでは、財政難と単純な技術的ミスによって、水道管に含まれる鉛が水道水中に溶出する事故が発生しており、大統領による緊急事態宣言の結果、水道水の利用が制限される事態に陥っている。日本でも近年、水インフラの老朽化と持続可能性に関する議論が活発化しつつある。前述したように、日本の水インフラは1960年に急速に建設され、寿命が50年であることを鑑みると、2020年になろうとしている今、ちょうど更新の時期にさしかかって李宇。今後の人口減少・少子高齢化社会の到来、技術職員数の減少などを考えると、我が国の水インフラの未来も決して明るいとは言えない状況である。特に、今後は益々、建設、維持、管理に必要となる資金と人材確保が難しくなることが予想されており、冬山で生き残るための準備が求められている。

フリント市の鉛汚染に関するニュース動画
https://www.youtube.com/watch?v=PNY7gSqRgnE

膜ろ過の期待と裏切り

 水処理は、ろ過に始まり、消毒に終わると言えるほど、ろ過と消毒は安全な水の確保にとって非常に重要な技術である。特にろ過がうまく機能することで、消毒にかかる負荷が低減できることから、ろ過の成否が水道効率化の鍵を握るといっても過言ではない。これまでは、砂で水をろ過する「砂ろ過法」により、砂の表面に小さな汚れを「くっつけて除去」する方式が主要となっていた。砂ろ過は、安全な水を作るためには、薬品の添加量や洗浄のタイミング等、非常に高度な技術が必要なため、高度な技術を持った人材が不可欠となる。さらに、砂ろ過ではすべての汚れを除去することが難しいため、塩素消毒による殺菌が公衆衛生上、重要な役割を担うことになるが、水中には塩素による殺菌効果が低い病原性生物も存在しており、完全性を求めることが技術的に難しい。

膜ろ過と砂ろ過の違い

 ここで登場したのが膜ろ過技術である。「膜」は、表面にたくさんの小さな穴(細孔)が空いた構造を持ち、その小さな穴に水を透過させるだけで、穴よりも大きな病原性生物を完全に取り除くことができる道具である。1990年代からその技術が注目され、現在では国内では横浜市の川井浄水場に国内最大規模の膜処理プラントが導入されている。膜ろ過は、粒子を「篩い分け」で分離するため、砂ろ過よりも遙かに安全な水をつくることができる。さらに、水を通すだけで安全な水を作ることが出来るため、高度な技術も必要ないことが利点として挙げられる。一方で、ろ過を継続していくと、細孔が目詰まりしてしまい、水が出なくなる「目詰まり問題」が発生する。ちょうど、ザルで米を洗った際に、ザルの目に米が詰まってしまうように、膜の孔を不純物が塞いでしまうのである。この目詰まりを解消するために、空気や水流で膜の表面を洗い流したり、化学薬品で詰まった成分を分解洗浄したりしているが、効率良く運転するためには、水源とする河川や湖沼の水質に応じて、ろ過や洗浄方法の最適化が不可欠となる。水源として利用する河川や湖沼の水は場所によって水質が全く異なる他、年間を通して大きく変動するため、この最適化には最低1年、長くて5年程度がかかることが多い。そのため、実際に膜を浄水場に導入しようとすると、最適化のために長期間、資金と人材を投じたテストが必要なことが多い。「膜は誰でも簡単に、確実に水を綺麗にできる」という謳い文句は、実際の所、「膜は、膜を極めた人だけが、1年以上の現場試験を経て、やっと安定的に運転を継続できる」技術であることが明らかになるにつれて、巷では、徐々に膜への期待感が失望と諦めへと変化しつつある。本来の膜ろ過の良さを取り戻すためには、「膜は誰でも使える技術」として、確立し直す時期にあると考える。

膜に命を吹き込む

 膜が自分自身の汚れを検知して、最適なろ過の条件や洗剤で運転してくれれば、高度な技術者を必要とせずに、だれでも、いつでも安全な水を手に入れることが出来るようになるはずである。我々の研究室では、膜が自分で汚れを検出し、判断し、対処出来る夢の「自律型の膜ろ過運転」の実現を目指して、膜目詰まりを検出する眼の開発を進めている。

 膜の目詰まり物質を検出するには、これまでは運転を停止して、膜を切りだして、切りだした膜を実験室に持ち帰り、化学薬品に浸漬した後に、薬品中に含まれる化学物質を分析する「間接的かつ破壊的」が主流であった。間接的かつ破壊的な観察手法では、分析によって、膜の目詰まり物質が明らかになった時点で既に膜は破壊されており、ここで得た情報は運転制御にフィードバックすることができない。我々の研究グループでは、これまでに、膜の目詰まり物質には蛍光物質が多く含まれることを明らかにしている。この結果を元に、膜の表面に直接光を当てた際に発生する「蛍光」を観測することで、膜の目詰まり物質の種類と量を推定する手法の開発に成功した。蛍光の測定は感度が高いので、少しでも膜の表面に目詰まり成分が堆積すると、その種類と量を検出することが出来る。この蛍光情報を「眼」であるセンサーから採り入れて、人口知能を搭載した「脳」で判断する自律型システムの開発を進めているのである。最終的に、眼と脳を膜に組み込むことで、「膜の精」として自律的に動き始めることが出来るようになり、独り立ちした膜が、エンジニアの不足する途上国や過疎地域において、安全な水の確保に貢献することになることを期待している。

デジタルウォーターが可能にする世界

 これまで、都市ではダムや水源から水を浄水場に引いてきて、その水を一括で綺麗にして過程に配る「一過型」の水利用システムが採用されてきた。このシステムを構築、もしくは維持するには、パイプラインに相当なコストが必要となることから、途上国や過疎化が進んだ地域では不適とされる。そこで近年注目されているのが、下水や排水の再利用を組み込んだ「循環型」の水利用システムである。下水を都市に安定して存在する水資源であり、これを利用しない手はない。下水を膜を使ってろ過することで、安全な生活用水として利用でき(再利用水の飲用用途は、別途倫理面での議論が必要となっている)、パイプラインを必要としない、経済的、環境的、社会的に持続可能な水インフラを構築が可能となる。膜は、循環型水利用システムの中心を担うキーテクノロジーであり、うまく稼働させるためには、上で述べたセンサーとAIの技術を組み合わせた自律型の膜ろ過運転システムが不可欠となる。将に、循環型の水利用システムの実現には、デジタル技術による水処理技術の自律化が成否の鍵を握るのである。

 2024年までに東京都の水道メーター10万個を、人力での検針が不要なスマートメーターに置き換えることを9月の学会で小池都知事が電撃発表した。人口減少社会への突入に向けた新たな挑戦が日本でも始まっている。水インフラの未来を明るいものにするために、膜の精に命を吹き込むべく、我々の研究室では、膜の目詰まり検知センサーと自律型運転システムの実現に向けて、学生と一緒になって昼夜研究に励んでいる。一緒に新しい水インフラの構築に挑戦する企業、事業体、自治体を募集しているので、ぜひとも、気軽に声を掛けていただきたい。

山村 寛(やまむら・ひろし)/中央大学理工学部人間総合理工学科准教授
専門分野 環境技術・環境材料、土木環境システム
香川県丸亀市出身。 1980年生まれ。 2004年北海道大学工学部卒業。
2006年 北海道大学大学院工学研究科博士前期課程修了。
2008年 北海道大学大学院工学研究科博士後期課程終了。 
博士(工学)
旭化成ケミカルズ(株) 現・旭化成(株)に入社
2012年より、中央大学理工学部助教を経て、2015年より現職
現在の研究課題は、膜を使った浄水・下水処理技術の開発、軽油を生産する微細藻類の回収技術の開発、使用済み海水淡水化膜のアップサイクル技術の開発など、固液分離技術に関わる研究や上下水道システムの効率化に関わる研究に従事。
国際水環境人材育成プログラムの活動を通して、アジア諸国からの留学生受け入れも活発に行っている。
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