英米系哲学の源流をさぐる
青木 滋之(あおき しげゆき)/中央大学文学部教授
専門分野 英米系哲学、科学史・科学哲学
西洋哲学のはじまりと、研究動機
西洋哲学は、ソクラテスによる自然哲学との決別、という仕方で始まったとされます。それまでの自然哲学では、世界の始原(アルケー)は水であるとか、限りなきもの、空気といった諸説があったものの、そうした自然科学的な探求では、「私がなぜ悪法に従い、毒杯を仰ぐのか」を説明できない、というのがソクラテスの主張でした。これは現代風に言うと、自然科学のhow(いかにして)から哲学のwhy(なぜ)へと、哲学の主題が転換したという事態に相当します。宇宙の始まりが分かっても、人間の体の組成や仕組みが分かっても、それはhowの探求にすぎず、whyに答えることができない、というわけです。
ソクラテス以降、プラトンとアリストテレスという二大巨頭が現われ、その後の西洋哲学を規定するような原型が形成されました。ですが、一般的に言われるように「本当に哲学と自然科学は水と油の関係なのか」、「ともに、世界の根本原理の探求ではないのか」というのが、修士論文以来の、私の疑問でした。以来、哲学と自然科学との関係、というのが私の研究テーマになっています。
科学革命期の「イギリス経験論」に焦点をあてる
時代は下り、16-17世紀に科学革命という人類史上での(最)重要イベントが起こり、現代文明の礎が形成されました。天文学、物理学、化学、生理学、生物学、地球学といった自然諸科学の発生です。その流れは、人間観や社会観にも波及し、後に経済学、心理学といった人文社会科学が生まれました。私の研究対象であるジョン・ロック(1632-1704)は、この科学革命の時代に、興味深い発言をしています。それは、「ボイル、ニュートンといった大建築家の下働きをするのが、哲学者の仕事だ」というものです。中世終わりまで、哲学は神学に次いで「万学の女王」と言われ、すべての学問の上に君臨するものだと言われていましたが、このロックの時代あたりから、上下関係が逆転し始めたのです[1]。
この、大科学者の「下働き」としての哲学者ロックの役割(後で出てくる「実験哲学」に対する擁護)が、いわゆる「イギリス経験論」の興隆や展開――ロックにつづく、バークリ、ヒュームらを合わせた「イギリス経験論」の流れ――にとって大きな駆動力となっていたことを明らかにしてきたのが、ここ20年間ほどの私の研究成果です。その意味で、哲学と科学とは水と油の関係にあったのではなく、新しい時代の科学の土台作りを行い、経験科学を下から支えることが、17世紀のイギリス哲学にとっては重要なミッションとなっていたわけです。
「イギリス経験論」のルーツ:ロンドン王立協会を中心とする実験哲学
近年、この「イギリス経験論」のルーツを、当時の「実験哲学」と呼ばれた運動に求めながら、「イギリス経験論」という枠組みそのものを見直すというラディカルな動きが、私も含め国内外の研究者の手によって進んでいます。というのも、「イギリス経験論」という括りは、ロックよりもずっと後の時代、カントが「大陸合理論」と「イギリス経験論」を「統合」した後に、18世紀末のカント主義者哲学史家であったラインホルト、テネンマンといった者たちによって整備されていった後付けの枠組みであったからです[2]。つまり、ロックらが生きた時代には、「イギリス経験論」なる括りは存在しなかったわけです。
では、当時ロックらは「イギリス経験論」ではなく、何を推し進めていたのかと言えば、それは「実験哲学」という、1662年にチャールズ2世によって認可されたロンドン王立協会が推進していた学問刷新運動が、その実体でした。実際、ロックが用いていた「建築物」、「地面の掃除」、「下働き」といった比喩は、実験哲学を推進する王立協会の擁護者であったスプラット、グランヴィルといった理論家らがすでに使っていた、当時頻繁に見られた表現だったことが、当時のテキストを検討すると分かります[3]。私のここ数年間の(2度の科研費取得に基づく)研究は、この「実験哲学」をキーワードに、ボイル、ロック、ニュートン、モリニューといった実験哲学者のテキストを読み解きながら、「イギリス経験論」のルーツ、実態を把握することを主眼としてきています。
最近の仕事としては、米国のバッファロー大学で開催された2025年の国際ジョン・ロック学会で発表を行ったほか[4]、アジア圏から初めて同国際学会の理事に選出されるなど[5]、活動の域を拡げています。また、研究成果に基づき、『イギリス思想家書簡集 ロック』(共訳)が名古屋大学出版会から今月(2025年9月に)出版されています。
現代英米圏の哲学まで続く系譜
現代哲学の一潮流に、分析哲学と呼ばれる陣営があります。ラッセル、ムーア、ウィトゲンシュタインらがその源泉だと言われますが、ロック、バークリ、ヒュームといった古典的な「イギリス経験論」から眺めてみると、感覚経験の重視、反形而上学的な態度、曖昧さの排除、自然科学との連続性、哲学での病気診断としての言語批判、といった基本的態度において、イギリス経験論と分析哲学の間には明らかな連続性があります。また、オックスフォード大学を始めとした英語圏の哲学教育では、学部生の段階からイギリス経験論を基本テキストとして読む訓練が課されるので、哲学で論じるアジェンダの決定、議論の行い方、有力な解決方法にいたるまで、イギリス経験論を土台にしている部分が大きいのです。英米圏哲学のお家芸、といった趣です。
その英米圏哲学でいまホットに議論されているトピックの1つに、自然主義vs反自然主義の論争があります。ここで冒頭の問題提起に戻るわけですが、哲学と自然科学はどのような関係にあるのか、共存的・相補的なのか、共進化していくものなのか、あるいは一方が他方に還元されてしまうのか、あるいは互いに独立・自律的であるのか、といった問いが、現代自然主義哲学で扱われる問題群です。私は、現在支配的である分析的な水平的アプローチに加えて、歴史的な垂直的アプローチが有効だと考えており、古典的な「イギリス経験論」の時代での哲学者の役割、「大建築家の下働き」の内実についての豊かな研究成果が、現代の自然主義哲学を紐解く上でのヒントになるのではないかと考えています。そもそも、哲学と自然科学の関係が先鋭化されたのは、自然科学が急速に発達し、哲学が「万学の女王」から脱落し始めた科学革命期の時代からであり、その時代のロックの「大建築家の下働き」という問題提起は、現代の我々にとっても新鮮に映るからです。
[1] 科学革命期での、哲学と自然科学の関係の「逆転」については、文学部哲学専攻の模擬授業のYoutube動画でも扱っています。ソクラテスによるhowからwhyへの探求の転換、についても触れています。 https://www.youtube.com/watch?v=derj54uJ__o
[2] アンスティとヴァンゾーの近著、Experimental Philosophy and the Origins of Empiricism, Cambridge University Press, 2023. の9章に、その辺りの事情が詳述されている。注意すべきは、カント自身は、それまでの哲学の教義を「経験論」や「合理論」に分類したり、自身の哲学が「経験論」や「合理論」への代替であるとは述べていなかった、という点です(pp. 237, 249.)。
[3] この点については、拙論「実験哲学の認識論 ― フック、グランヴィル、ロック」, Nagoya Journal of Philosophy, Vol.7, 2008, pp. 54-85. で詳しく論じました。
[4] "Experimentalism in Locke's Primary Qualities", 2025 John Locke Conference, July 10, University at Buffalo. ロックの実験哲学的な態度が、物体の性質についての議論で顕著に見てとれる、という趣旨の発表でした。
[5] 国際ジョン・ロック学会(John Locke Society)の理事に選出されたニュースは、中央大学ウェブページにも掲載されています。 https://www.chuo-u.ac.jp/academics/faculties/letters/news/2024/12/77991/
青木 滋之(あおき しげゆき)/中央大学文学部教授
専門分野 英米系哲学、科学史・科学哲学神奈川県出身。京都大学人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。日本学術振興会特別研究員PD(名古屋大学情報科学研究科)、会津大学コンピュータ理工学部准教授・上級准教授、中央大学文学部准教授を経て、2020年より現職。
西洋哲学を、その興りから現代の展開に至るまで、哲学-科学の相互作用・共進化という視点から研究を続けている。
主要著作
・Studies on Locke: Sources, Contemporaries, and Legacy, Springer, 2008(共著)
・『ダーウィンと進化論の哲学』, 頸草書房, 2011(共著)
・『科学と文化をつなぐ アナロジーという思考形式』, 東京大学出版会, 2016(共著)
・Locke on Knowledge, Politics and Religion: New Interpretations from Japan, Bloomsbury Academic, 2021(共著)
・『イラスト&図解 知識ゼロでも楽しく読める! 哲学』, 西東社, 2023(監修)
・『イギリス思想家書簡集 ロック』, 名古屋大学出版会, 2025(共訳)









