統計的因果推論と欠測データ解析
高橋 将宜(たかはし まさよし)/中央大学経済学部准教授
専門分野 統計科学、経済統計、計量政治学
1. はじめに
データサイエンス・ビッグデータ・AIといった言葉を見聞きしない日がないぐらいに、現代ではデータを活用する知識と技術が重要である。私の前所属機関の長崎大学にも、2020年4月に情報データ科学部というデータサイエンス・ビッグデータ・AIを専門に扱う学部が新設されて、私はその学部で統計的因果推論と欠測データ解析の専門科目を担当した。私は、2025年4月に中央大学経済学部に着任し、中央大学経済学部においても統計学やデータ分析演習を担当している。
私は、2000年代に米国の大学院で計量政治学を専攻した。計量政治学とは、政治現象を分析するための統計的方法論に関する学問である。政治に関するデータは、調査・観察によって入手されることが多い。たとえば、〇〇内閣の支持率を知りたい場合、「あなたは、〇〇内閣を支持しますか?」という質問に対する回答としてデータが入手されるが、回答者が質問に答えてくれないことがある。このように、調査・観察データは観測されないことが多い。観測されないデータのことを欠測データという。また、欠測データは、不完全データともいう。そこで、2000年代の米国の計量政治学では、ハーバード大学のGary King教授を中心として、欠測データの解析方法に関する研究が盛んに行われていた(King et al., 2001[1]; Honaker and King, 2010[2]) 。
そのような時代に米国の大学院で計量政治学を専攻した経験から、日本に帰国後の2011年には、総務省所管の独立行政法人統計センターにて、公的統計調査における欠測データ解析を専門に研究する上級研究員として採用された。統計センターにおいて欠測データ解析の実務と理論研究に携わりながら、成蹊大学大学院理工学研究科の岩崎学先生の統計学研究室に通って、欠測データ解析に関する博士論文の研究を進めて、2017年に博士(理工学)の学位を取得した。
また、因果推論は欠測データの問題といわれるように、成蹊大学大学院理工学研究科の岩崎先生の統計学研究室においても、統計的因果推論の研究と欠測データ解析の研究の両方が盛んに行われていた。岩崎先生は、2002年に『不完全データの統計解析』(エコノミスト社)[3]を出版され,2015年に『統計的因果推論』(朝倉書店)[4]を出版されていた。私も、博士号を取得後、2017年に『欠測データ処理』(共立出版)[5]を出版し、2022年に『統計的因果推論の理論と実装』(共立出版)[6]を出版した。以下では、私の研究分野である統計的因果推論と欠測データ解析について、簡単な数値例などを使いながら概要をお伝えする。
2. 相関と因果の違い:相関に基づく分析
統計学の授業を受講したり、統計学の教科書を読んだりすると、必ずと言っていいほど「相関と因果は異なる」と指摘されるだろう。では、この2つは、どのように異なるのだろうか? 図1は、国ごとのノーベル賞受賞者数(人口1千万人当たりの人数)とチョコレート消費量(人口1人当たりのkg)の散布図である。図1から、チョコレートの消費量が多いと、ノーベル賞受賞者数も多い傾向のあることが読み取れそうである。相関係数を実際に計算してみると、約0.7である。また、図2の赤線は、この散布図のデータをモデル化したもので、「ノーベル賞受賞者数 = -3.4 + 2.7 × チョコレート消費量」という式で表すことができる。

図1と図2から、どのような解釈をすることができるだろうか? 相関係数は-1から1までの値を取り、1に近いほど正の相関が強く、-1に近いほど負の相関が強いことを意味する。したがって、相関係数は約0.7であるから、「国ごとのノーベル賞受賞者数とチョコレート消費量には正の相関がある」と解釈できる。また、「ノーベル賞受賞者数 = -3.4 + 2.7 × チョコレート消費量」という式から、「チョコレート消費量の多い国は、平均して、ノーベル賞受賞者数が多い傾向がある」という解釈もできる。さらに、この式から「-3.4 + 2.7 × 5 = 10.1」と計算できるので、「チョコレート消費量が5kgの国は、平均して、ノーベル賞受賞者数が約10人である」と予測して解釈することもできる。ここまでは、相関に基づいたデータ解析であって、「ノーベル賞受賞者数とチョコレート消費量の間に因果関係がある」とは解釈していないことに注意が必要である。
3. 相関と因果の違い:因果に基づく分析
因果関係とは、「他の要因を一定とした場合に、要因Xを操作するとき、要因Yが変化すること」と定義できる。これを「操作なくして因果なし」という。たとえば、図3において、日本は赤丸で記された観測値である。チョコレート消費量もノーベル賞受賞者数も、両方とも少ない。ここで、我々は日本のノーベル賞受賞者数を増やしたいとしよう。このとき、もしチョコレート消費量がノーベル賞受賞者数に因果的な影響を及ぼすのだとすれば、図4のように、日本のチョコレート消費量を横方向に10付近まで増やすことによって、日本のノーベル賞受賞者数も上方向に動いていくはずである。しかし、果たして本当にそうなるだろうか?

前節で、我々はチョコレート消費量とノーベル賞受賞者数に正の相関があることをデータ解析から確認した。しかし、チョコレート消費量とノーベル賞受賞者数の間には、因果関係はないと考えられている。なぜなら、両者の背後に共通の原因が隠れていると考えられているからである。その共通の原因とは、図5にあるとおり、各国の経済力である。チョコレートは嗜好品であるから、経済的に貧しい国々ではあまり消費されない。また、ノーベル賞を受賞するような研究には、十分な研究環境が必要であることから、経済力の低い国では高価な設備を必要とするような研究を実施することが難しい。ゆえに、チョコレート消費量とノーベル賞受賞者数の両方に対して、各国の経済力が共通の原因となっていると考えられている。前節では、各国の経済力を考慮に入れずに、チョコレート消費量とノーベル賞受賞者数の関係を調べた。この場合、図6に示されているように、経済力からノーベル賞受賞者数への因果的な影響(点線の矢印)は、経済力からチョコレート消費量への因果的な影響力(赤色の矢印)の方の経路をたどって、あたかもチョコレート消費量がノーベル賞受賞者数に因果的な影響(灰色の矢印)を及ぼすかのように思えるのである。したがって、前節において日本のチョコレート消費量を10付近まで増やしたとしても、日本のノーベル賞受賞者数は増えないと考えられる。

注:図6の点線は「考慮に入れていない」ことを意味する。
このように、データ分析を行う際には、予測を行うための方法論と因果推論を行うための方法論は必ずしも同じではないことに注意が必要なのである。
4. ノーベル経済学賞と統計的因果推論
ある政策が経済にどのような影響を与えるのか、データから分析するには、さまざまに絡み合った要因同士を適切に統制して、興味のある因果関係を見つけ出して推論する必要がある。そのために必要な考え方と技術が、統計的因果推論である。2021年のノーベル経済学賞は、AngristとImbensという計量経済学者が受賞した。その理由は、「因果関係の分析に対する方法論的な貢献に対して」だった。このように、統計的因果推論は、近年、世界的にさまざまな分野で注目されている。
5. 潜在的結果変数と欠測データ
統計的因果推論では、「操作なくして因果なし」という考え方が重要である。たとえば、顧客に対して5%割引クーポンを配布するという操作を行うことによって、顧客の商品購入金額が因果的に増えるかどうかに興味があるとしよう。表1において、Aさんは実際にはクーポンをもらっておらず、Aさんの実際の購入金額は900円だったとしよう。もしAさんにクーポンを配布した場合に、たとえば購入金額が1100円に上がるとしたら、Aさんに対して5%割引クーポンを配布することによって購入金額は因果的に200円上がったと主張できる。一方、Bさんは実際にはクーポンをもらっており、Bさんの実際の購入金額は1000円だったとしよう。もしBさんにクーポンを配布しなかった場合に、たとえば購入金額が850円に下がるとしたら、Bさんに対して5%割引クーポンを配布することによって購入金額は因果的に150円上がっていたと主張できる。
表1
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人名 |
購入金額 |
購入金額 |
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Aさん |
1100円 |
900円 |
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Bさん |
1000円 |
850円 |
ところが、同じ人に同じクーポンを同時に配布しつつ、かつ、配布しないことは不可能である。つまり、表2のように、クーポンを配布した場合と配布しなかった場合のどちらかだけしかデータは観測されない。観測されないデータのことを欠測データという。したがって、因果推論は欠測データの問題といわれる。
表2
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人名 |
購入金額 |
購入金額 |
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Aさん |
900円 |
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Bさん |
1000円 |
欠測データ解析について、さらに詳しくは、拙著『欠測データ処理』(共立出版)[5]をご覧いただきたい。また、統計的因果推論について、さらに詳しくは、拙著『統計的因果推論の理論と実装』(共立出版)[6]をご覧いただきたい。
6. 最近の研究
私の近年の研究では、欠測データ解析における外れ値を処理する新たな方法を提案したり(Takahashi, 2022)[7]、欠測データ解析の手法を統計的因果推論の手法に拡張した新たな方法論を提案したりした(Takahashi, 2023)[8]。また、インドの研究者との共同研究では、欠測データの解析手法を深層ニューラルネットワークに拡張することで乳がんの検出向上に寄与する研究を実施した(Kanimozhi et al., 2022)[9]。さらに、医学系の研究者との共同研究では、新型コロナウイルスの緊急事態宣言が高齢者の身体活動にどのような因果的影響を及ぼしたのかを研究した(Chiba and Takahashi et al., 2023)[10]。現在は、高次元の欠測データに対する新たな方法論の研究をしている[11]。
[1] Gary King, James Honaker, Anne Joseph, and Kenneth Scheve (2001) Analyzing incomplete political science data: An alternative algorithm for multiple imputation, American Political Science Review 95 (1), 49-69.
[2] James Honaker and Gary King (2010) What to do about missing values in time series cross-section data, American Journal of Political Science 54 (3), 561-581.
[3] 岩崎学(2002)『不完全データの統計解析』,エコノミスト社.
[4] 岩崎学(2015)『統計的因果推論』,朝倉書店.
[5] 高橋将宜・渡辺美智子(2017)『欠測データ処理:Rによる単一代入法と多重代入法』,共立出版.
[6] 高橋将宜(2022)『統計的因果推論の理論と実装:潜在的結果変数と欠測データ』,共立出版.
[7] Masayoshi Takahashi (2022) A new robust ratio estimator by modified Cook's distance for missing data imputation, Japanese Journal of Statistics and Data Science 5(2), 783-830.
[8] Masayoshi Takahashi (2023) Multiple imputation regression discontinuity designs: Alternative to regression discontinuity designs to estimate the local average treatment effect at the cutoff, Communications in Statistics - Simulation and Computation 52(9), 4293-4312.
[9] Kanimozhi Ganesan, Shanmugavadivu Pichai, Muthu Subash Kavitha, Masayoshi Takahashi (2022) Data imputation in deep neural network to enhance breast cancer detection, International Journal of Imaging Systems and Technology 32(6), 2094-2106.
[10] Ippei Chiba*, Masayoshi Takahashi*, Sangyoon Lee, Seongryu Bae, Keitaro Makino, Osamu Katayama, Kenji Harada, Kouki Tomida, Masanori Morikawa, Yukari Yamashiro, Naoto Takayanagi, Motoki Sudo, and Hiroyuki Shimada (2023) Association between COVID-19 emergency declarations and physical activity among community-dwelling older adults enrolled in a physical activity measurement program: Evidence from a retrospective observational study using the regression discontinuity design, BMC Public Health 23(998), 1-12 (*共同筆頭著者).
[11] 高橋将宜(2025)「高次元の欠測データに対するサポートベクターマシンによる多重代入法の提案」,2025年 経済統計学会 第69回全国研究大会.
高橋 将宜(たかはし まさよし)/中央大学経済学部准教授
専門分野 統計科学、経済統計、計量政治学2001年慶應義塾大学文学部哲学科哲学専攻卒業。2004年カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校にてMA in Political Science取得。2008年ミシガン州立大学にてMA in Political Science取得。2017年成蹊大学大学院理工学研究科にて博士(理工学)取得。2011年から2016年まで独立行政法人統計センター上級研究員を務めた後、東京外国語大学、東京工業大学、鹿児島国際大学、長崎大学を経て、2025年より中央大学経済学部にて現職。2019年経済統計学会賞受賞。
主要著書に『統計的因果推論の理論と実装:潜在的結果変数と欠測データ』(共立出版、2022年)がある。









