研究

「学習」を支えるシステムを問い直す

―社会的なつながりの中で学ぶコミュニティと制度―

佐藤 智子(さとう ともこ)/中央大学文学部准教授
専門分野 教育行政学/社会教育・生涯学習論

社会教育・生涯学習研究を通して目指すもの

 「誰もが、いつでも、どこでも」学習できる生涯学習社会の実現は、多くの人にとっての理想であるに違いない。そこでは、個々人の自己実現と社会の維持・変革を同時に可能とする学習環境をデザインし、すべての人がその中で豊かな人生を送れるようなコミュニティの構築・再構築が目指される。その目標に向け、大学を含む正規の学校のみでできることは限定的である。ゆえに、学校外で組織化される学習機会である社会教育が重要となるが、研究としては、その社会教育がなぜ、どのように必要なのか、その中で公教育としての役割と責任とは何かを明らかにする必要がある。

 ちなみに、学習環境の整備において、なぜ個々人の自己実現と社会の維持・変革の両方を見据えなければならないのだろうか。それは、少なくとも理論的には、教育(特に公教育)が、常にそのバランスの上にこそ成立し得るからである。公教育は、公的な資本により制度として維持されている。すべての国民・市民の自己実現、言い換えればすべての人のWell-beingもまた、マクロに見れば公的な課題である。ただ、ミクロなレベルでは、私的で消費的な趣味活動に対して税金を投入することは望ましいとは見なされない。つまり公教育とは、つねに「社会的な要請」(つまり「このような能力・スキル・知識・経験等の習得・獲得が必要だ」という政府・企業・市民・社会情勢等からの要請)によって制度化され、それに応じて、その時々のカリキュラムや学習の内容・方法も変化していくのである。

 制度的・システム的な観点からは、社会的なつながりの中で学ぶ社会教育の環境下では、個人的な自己実現と社会的な要請との調和が図りやすいという利点がある。社会的なつながりの中で学ぶ方法の中心は、大きくは、経験の共有とコミュニケーションの2つと言える。いずれも、他者や周囲の環境との相互作用の中で、個人としては自らの興味や強みを確認する過程となり、またコミュニティとして必要な役割がメンバー間の相互作用の中で調整・調和されていく場にもなる。

社会教育はなぜ必要なのか

 一般的に、学校教育に比して、社会教育の認知度は著しく低い。また、学校の必要性と比して、社会教育がなぜ必要なのかについては、必ずしも十分な社会的な合意や共通認識があるとは言えない。ゆえに研究としては、「社会教育とは何か、そのような社会教育に行政の関与は必要か、必要であるならばそれはなぜか」という問いに答えなければならない1)。

 公教育の中に、学校教育だけでなく、なぜ社会教育という領域が存在するのか、あるいは存在すべきなのか。この答えを探る上では2つのアプローチがあり得る。1つは、現行の社会教育制度に至るまでの歴史的な経緯を理解するというアプローチである。もう1つは、社会教育制度が存在することによる実際的な効果を探るアプローチである。

 前者のアプローチからは、社会教育研究において、社会教育制度の意義が学校教育および一般行政(主にコミュニティ政策など)との関係の中でどのように理解され、どのように変遷してきたのかをまとめてきた2)。先行研究では、社会教育制度の必要性を、主に日本国憲法に依拠しつつ、「権利論」(学習権など)により説明してきた経緯がある。しかし、社会教育が「公教育」として制度化されるべき理由を「権利論」から導出するのは論理的に難しいことが分かってきた。ゆえに、社会教育の公共性の根拠を、公的な制度や国家による関与ではなく、民主主義の観点から手続き的に(誰が、どのような方法で学習過程に参加するのか等)、つまり社会的な学習過程の中で説明することが有効だと考えるようになった。

 多様な主体間の連携・協働を強調する昨今の教育政策動向を踏まえると、公教育と私教育を区別する公私二元論のような相互排他的な枠組みではなく、ガバナンスやネットワークのような相互作用的関係論で教育を捉えていくことが必要となる。社会教育を関係論的に捉えていく上では、社会的なつながりの影響力を表す「社会関係資本(social capital)」概念が大いに有用である。そして、より良い社会の構築につながる社会関係資本の生成においては、特に生涯学習が重要な要素となると言われている3)。

 そこで後者のアプローチからは、社会教育の実際的な効果を定量的な分析により検証し、その結果として、政治的関与、社会関係資本、シティズンシップに対する社会教育の効果を確認してきた4)。一方で、実際の学習活動には様々な阻害要因が存在する。その阻害要因にはジェンダー等による影響がある点も明らかになった5)。社会教育の公共性を民主主義的な手続から捉えようとする場合、形式においてすべての人の参加を認めているという点のみならず、様々な状況や条件により実質的に生じている参加の障壁(年齢や性別、職業、経済状況等による社会的な差別・格差など)も捉えていく必要がある。

社会的なつながりの中で学ぶ、学習コミュニティ

 社会的なコミュニケーションの場への「参加」過程で生じる障壁の一端を理解する上では、各コミュニティの中に存在する非公式の「制度」や、その中で生じる社会文化的な状況・文脈を捉えることが重要である。公式の制度だけでは捉えられないながらも実質的な学習への参加に強い影響を与えるのが、学習者間の相互行為、特に対話を中心とするコミュニケーションである7)。

 社会教育は社会的な関係の中でコミュニケーションを介して学ぶことに1つの主要な特徴を有するが、「いつでも、どこでも」学ぶことのできる生涯学習の社会を実現していく上で、対面での学習の場だけでなく、オンライン空間の積極的活用も有効である。2020年以降の世界規模でのCOVID-19感染拡大により、人と人との直接的な接触が厳しく制限される中で、学校教育のみならず、社会教育の事業や活動にも著しい停滞が生じた。一方、そのような制限の中で、既存のコミュニティの中から、そしてコミュニティ同士がつながりながら、オンラインでの社会教育活動が草の根的に立ち上がる様子も観察できた6)。

 現代日本において「つながり」は、犯罪や貧困や孤立などの様々な社会問題を生み出す原因分析においても、またそれらの社会問題を解決するためのアプローチとしても、最も重要なキーワードの1つになっている。大地震などの甚大な自然災害に見舞われた際には、地域住民間の強固で良好なつながりが相互扶助システムを機能させる基盤として強調される。家族の在り方が変容する中で、高齢者の「孤独死」が増加傾向にあり、その原因の1つとして、頼れる家族や近隣住民や友人の不在が指摘されている。子供・若者の「孤立」も問題になっており、人づきあいを苦手に感じる若者も少なくない。他方で、「おひとりさま」や「ソロ活」という言葉が普及し、「ひとり」で過ごすこと、「ひとり」で生きていくことに、自立的であるというイメージを重ね合わせ、肯定的に捉えていこうとする言説も流布している。

 「つながる」ことのすべてが肯定されるべき事とは限らない。煩わしい人間関係は断ち切りたいものである。しかしながら、すべての人が「孤立」せず、家族や血縁者に限定しない「支え合う他者」を有しており、そのような他者とのつながりが、地域コミュニティにも、職場にも、さらにはオンラインの世界にも存在する状態を実現する社会は、多くの人が希求する社会のはずである。そのための学習環境を学習を通して生成していく基盤が、社会教育である。他者との関係性をより良好なものへと結び直すためにも、私たちは生涯、社会的な文脈の中でこそ学習し続ける必要がある。


【脚注】

註1) 博士論文の成果をまとめたのが、佐藤智子『学習するコミュニティのガバナンス : 社会教育が創る社会関係資本とシティズンシップ』(明石書店,2014年)である。
註2) 佐藤智子「社会教育・生涯学習論:現代社会教育制度の生成と変容」,下司晶・丸山英樹・青木栄一・濱中淳子・仁平典宏・石井英真・岩下誠編『教育研究の新章(ニュー・チャプター)』世織書房,2019年,pp.413-438。
註3) ジョン・フィールド著/佐藤智子・西塚孝平・松本奈々子訳『社会関係資本:現代社会の人脈・信頼・コミュニティ』明石書店, 2022年。
註4) 佐藤智子「シティズンシップは涵養できるのか?:学校教育と社会的学習の効果」,田辺俊介編著『民主主義の『危機』:国際比較調査からみる市民意識』勁草書房,2014年,pp.42-62。佐藤智子「社会関係資本に対する成人学習機会の効果 :教育は社会的ネットワークを促進するか?」,『日本社会教育学会紀要』第47巻,2011年,pp.31-40。佐藤智子「政治への心理的関与に対する社会教育の効果と政策的課題」,『日本教育行政学会年報』第36号,2010年,pp.176-192など。
註5) 佐藤智子「社会生活における学習活動の阻害要因に関する男女間比較:社会生活基本調査の二次分析に基づいて」『日本公民館学会年報』第10号,2013年,pp.89-97。
註6) 佐藤智子「オンラインによる学習空間の拡張と社会教育へのインパクト:『尼崎オンライン公民館』の取組を事例として」,『日本公民館学会年報』第17号,2020年,pp.108-117。
註7) 佐藤智子「コミュニティにおける対話と学習環境デザイン:対話的学習実践にみるコミュニケーションの課題と戦略」,荻野亮吾・丹間康仁編著『地域教育経営論:学び続けられる地域社会のデザイン』2022年,大学教育出版,pp.161-173、および、佐藤智子「社会教育の再定位と民主主義:社会文化的な公教育理解と熟議の学び方」,横井敏郎・滝沢潤・佐藤智子編著『公教育制度の変容と教育行政:多様化、市場化から教育機会保障の再構築に向けて』福村出版,2021年,pp.199-215。

佐藤 智子(さとう ともこ)/中央大学文学部准教授
専門分野 教育行政学/社会教育・生涯学習論

愛知県出身。東京大学教育学部卒業。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。東北大学高度教養教育准・学生支援機構准教授を経て2025年より現職。

専門分野 教育行政学/社会教育・生涯学習論

研究課題としては、公民館を中心とした生涯学習施設に関する教育行政学的研究に並行して、現在、DEI実現に向けた対話的な学習環境を具体化するための生涯学習プラットフォーム構築に関する研究開発と社会実装に取り組んでいる。

主な研究業績として、『学習するコミュニティのガバナンス:社会教育が創る社会関係資本とシティズンシップ』(明石書店、2014年)、『公教育制度の変容と教育行政:多様化、市場化から教育機会保障の再構築に向けて』(共編著、福村出版,2021年)などがある。