研究

二歩下がってから一歩前進した外国人労働者保護?

― 育成就労制度における中間搾取規制 ―

井川 志郎(いかわ しろう)/中央大学法学部教授
専門分野 労働法、国際私法、EU法

 想像してみてほしい。あなたは、「理想の仕事、見つけます」という広告に惹かれて、A社の紹介でB社に月給25万円で就職することになった。するとA社から、紹介手数料として50万円の支払いを求められた。契約書にも、「成約した場合、就職先での予定月給の2か月分を手数料として支払う」旨が書かれていた。約束したことであるし、A社もビジネスとして職業紹介をしているのだから、こうした手数料徴収も致し方ないのだろうか。

 後述するように、わが国の労働法制上、これは明らかな違法行為であり、しかもそれは、労働者の人権保障のために必要な規制と考えられている。ところが、今般新たに形成された外国人労働者の受入れ枠組み(育成就労制度)をみると、わが国の政策決定者は、海外からやってくる労働者については、そうした保護を後退させて構わないと考えているようにみえる。

 かかる異別取扱いには、既に指摘されているような国際条約上の懸念に加えて、わが国の国内法体系上の自己矛盾をもたらす危険もある。筆者は既に別稿でこのことを論じたが[1]、とうとう上記の異別取扱いが法令として確定してしまったため、可及的速やかな改正を願い、改めて要点を示しておきたい。同時に、現行法のもとで採りうる、自己矛盾なき法適用の在り方も新たに提言しようと思う。

1. 育成就労制度のもとでの手数料の取扱い

 周知のように、わが国での非熟練労働力受入れの重要なルートとなっている外国人技能実習制度を発展的に解消するものとして、今般、育成就労制度が創設されることとなった。改正のポイントは複数存在するが、本稿では、外国の送出機関が労働者から徴収する高額な手数料への対策に着目したい。なお詳細は省くが、外国の送出機関は、国内で受入れ企業への紹介を担う団体(新法では監理支援機関と呼ばれる)と提携することで、職業紹介を行うものと位置付けられる。

 問題は、送出機関による手数料徴収への規制が、新法のもとでは、当該外国人につき予定されている月収の2か月分を超えないものとしなければいけないこととされたことにある(育成就労法施行規則[令7法務省・厚労省令4号]21条)。これは一見すれば手数料徴収を規制するものであるが、逆にいえば、少なくとも新法の規制枠組みのもとでは、予定月収2か月分までであれば許容されているともいえる。冒頭の仮想事例のような労働者からの手数料徴収も、育成就労制度上は問題ないことになる。

2. 中間搾取の禁止

 しかし、かかる労働者からの手数料徴収を伴う有料職業紹介は、日本の労働法制上は禁じられている(職業安定法〔以下「職安法」〕30条1項・32条の3)。また、労働基準法(以下「労基法」)6条も、強制労働の禁止(同法5条)と並ぶ重要な人権保護規定として、かかる「中間搾取」を禁じている。

 そしてこうした規制の実効性を確保するため、各種の手段が講じられている。まず、公権力の発動によるものである。職安法でみた場合、行政当局による指導・助言(48条の2)や改善命令(48条の3第1項)、そしてその前提としての報告徴収や事業所等への立入検査(50条)が可能とされている。改善命令に従わない、あるいはそもそも報告徴収や立入検査に適切に協力しない場合は刑罰の対象ともなりうる(65条8号・66条9-10号)。上記のような違法な有料職業紹介事業それ自体にも、罰則が用意されている(64条1号・65条2号)。労基法についても、例えば臨検つまり立入調査の権限が労働基準監督官に与えられ(101条)、これに適切に協力しなければ刑罰の対象となりうる(120条4号)。中間搾取禁止それ自体への違反にも、やはり罰則が用意されている(118条)。

 また、当事者間の法律関係の強行的な規律も行われる(いわゆる私法上の強行効)。冒頭の仮想事例についていえば、そもそも無許可である場合も含めて、手数料の約定自体が無効となる。職安法上の規制がこうした規律を含意していることは、判例からも裏付けることができるし、労基法6条について同様に解することができる点に異論はない。

 以上のような様々な実効性確保手段を伴う形で中間搾取が禁止されているのには、歴史的な教訓がある。すなわち、とくに戦前、人身売買や強制労働といった人権侵害と結びつく形で手数料徴収が行われた実態があり、かかる前近代的雇用慣行の悪弊を排除することが目指されたのである。

3. 国内法体系上の矛盾

 このようにみてくると、育成就労制度上の手数料規制のわが国の法秩序における「据わりの悪さ」を理解いただけたのではないだろうか。実のところ、わが国の政策決定者の思考のなかでは、育成就労制度のもとでやってくる外国人労働者は、まったく別の世界の住人と捉えられているようにも思われる。もともと月給の2か月分までを手数料の上限とする提案は政府からなされたものであるが、その際には、当該手数料を「借金等」で工面して「1年半」をかけて返済するというモデルケースが示されていた。まさに前近代的雇用慣行として国内法上排除されるべきとされたはずの状況が、育成就労制度では許容されるものと位置付けられているのである。

 かかる状況には、国際的にも移民労働者への不当な取扱いの典型例として挙げられる債務による隷属(debt bondage)の懸念もある。規則案へのパブコメ手続きでは、国際法(特にわが国が批准しているILO第181号条約)との整合性を疑問視する指摘もあった。この指摘自体は正当であり、真剣に受け止めなければいけない。ただここでは、この間何故か不問に付されてきた、わが国国内法秩序内での矛盾を強調しておきたい。

 この点、管見の限り公式の文書では確認できないものの、筆者が技能実習に携わってきた実務家の方から聞き及んでいる理屈がある。すなわち、冒頭の仮想事例のような手数料徴収は、技能実習(今後の育成就労)においては国外にある送出機関が、国外の労働者に対して行うものであり、かかる事案の渉外性ゆえに日本法の適用が及ばない、という説明である。ときにこれは、職安法や労基法の「属地主義」的な性格と説明されることもある。

 しかしながら、これらの労働法令の国際的な適用関係は、「属地主義」というようなマジックワードで語りつくせるほどに単純なものではない。たしかに、日本の行政機関が外国の事業所に立入検査ないし臨検をすることは、当該他国の主権との関係で問題があり、その意味では属地的な制約があるといえよう。他方で、そうした執行上の問題がない限り、上記法令の国際的な適用範囲は必ずしも属地的に制約されるわけではない。このことは、紙幅の関係上詳細は省くが、特に、前述の私法上の強行効が及ぶ範囲について当てはまる。加えて、行政の行動指針においても、国外にわたる職業紹介でも「行為の一部が日本国内で行われている場合ついては、法の規制が及ぶ」とされ(厚労省職業安定局「職業紹介事業の業務運営要領」(令和7年6月)第1-2(4))、求人者のみが国内にいるケースでもそうした場合に該当すると考えられていたことを示唆する資料がある[2]。

4. 矛盾の回避策

 要するに、今般の育成就労制度は、中途半端な手数料規制を導入することによって、わが国の国内法秩序に内部的な矛盾をもたらしてしまったように思われる。言い方を換えれば、予定月収2か月分を上限とする規制を導入するために、前提として、手数料徴収を禁ずる規範の存在が無視されており、規範全体でみれば保護が後退したともいえる。

 もちろん、多額が徴収されているのが現状であり、まずは遵守を実現できるラインとして、2か月が基準にされたのであろうことは理解できる。しかし、強制労働という人権侵害とのつながりを考えれば、原則禁止を明確に示すことこそ、「ビジネスと人権」へのわが国のコミットメントを示すためにも適切ではなかったか。

 国際規範及び国内法秩序への矛盾を回避するためには、速やかに育成就労制度の関連法令の改正が求められる。ただ、成立したばかりであるため、すぐにはそうした発展が望めないのが現実であろう。そこで、当面の弥縫策ではあるが、現行法を整合的に理解する道を示しておきたい。

 すなわち、育成就労制度の2か月基準は、同制度のもとでのサンクションの発動条件に過ぎず、基準の範囲内の手数料徴収を適法化するものではない、という解釈である。つまり、職安法や労基法6条の適用は今後も否定されず、手数料徴収は月収の2か月分以下のものでも原則違法であるが、手数料額が月収の2か月を超えるような悪質な例では追加的なサンクションが用意された、ということになる。予定月収2か月以内であれば法的には許容されているという誤ったメッセージが広まる前に、こうした理解が行政当局によって明確に確認されることが望ましい。


【注】本研究の一部は、JSPS科研費22K13294の助成を受けて実施した。

[1] 拙稿「育成就労外国人にも中間搾取禁止適用の確認を」季刊労働者の権利361号102頁。そこで示した参照・引用文献情報は、本稿では紙幅の関係上省略する。
[2] 岡山茂『国外にわたる職業紹介の理論と実践』(労務行政研究所、1993年)38-39頁。

井川 志郎(いかわ しろう)/中央大学法学部教授
専門分野 労働法、国際私法、EU法

東京都出身。 1988年生まれ。2010年中央大学法学部卒業。2015年中央大学法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー(2015年4月-2017年2月)、山口大学経済学部講師(2017年4月-2019年10月)・同准教授(2019年11月-2023年3月)、中央大学法学部准教授(2023年4月-2025年3月)を経て、2025年4月より現職。

専門分野 労働法、国際私法、EU法

労働関係の国際的な規律を研究してきた。現在はとりわけ、サプライチェーンないしバリューチェーン上の労働者の人権保護について、国境を越える規制の観点から研究をしている。

主著として、『EU経済統合における労働法の課題 ~国際的経済活動の自由との相克とその調整』(旬報社、2019年)など。