リアルとオンラインを行き交う消費者行動を捉えるマーケティング・リサーチ
中野 暁(なかの さとし)/中央大学商学部准教授
専門分野 マーケティング・リサーチ、マーケティング・サイエンス、小売マーケティング
1. 実店舗とオンラインを使い分ける消費者行動と小売企業のチャネル統合
近年小売のデジタル化が進み、Webやアプリを使って、オンラインで買物する消費者が増えています。一方で、コロナ禍を経て、私たちは <リアル> の大切さも考え直したのではないでしょうか。実店舗で味わう五感による商品体験、人との交流、すぐ入手できる便利さ等、オンラインとは違った良さが実店舗にはあります。実際に消費者は、実店舗だけでも、オンラインだけでもなく、両者を使い分けることが一般的です。それは、都度、買物毎に変えることもあるでしょうし、購買プロセスの中で変えることもあります。例えば、実店舗で商品の情報を探した後、オンラインで購入する行動(専門的には「ショールーミング」と呼びます)等がこれにあたります。
このような小売チャネルを使い分ける消費者の行動を理解し、オンライン・オフライン、さらにはデバイスを横断した様々な顧客接点を統合していく、「オムニチャネル統合」の発想が現代の小売企業には求められています。その一つの理由は、先に挙げたショールーミングのようなフリーライドのリスクを伴う消費者行動が増えているからです。ここでのフリーライドとは、例えば、自社の実店舗で商品を探してくれた消費者が、買うときには他社のECサイトで買うといった、情報探索時と購買時でチャネルを変えるだけでなく、企業まで変えてしまうことを指します。これは自社にとって大きな損失につながります。そこで、購買前・購買・購買後というカスタマージャーニー全体で統合された上質な顧客体験を提供しながら、消費者に自社のチャネルを使ってもらえる仕組み作りが多くの小売企業に求められているのです。
しかしながら、そうはいっても、このように情報探索や購買時で企業とその小売チャネルが多層化し、複雑な構造になっている中で(図を参照)[1]、消費者を理解することは単純ではありません。チャネルへの好みは個人毎でそれぞれ違うという、消費者異質性が生じています。さらに、その異質性は消費者間だけでなく、同一の消費者内でも時間によって生じ、選択の機会毎に変わりうる時間異質性も生じています。私は、このような異質な消費者をいかに理解し、デジタル時代の小売マーケティングを進めていくかに関心をもって研究を行ってきました。

(出所) Blattberg et al. (2008, p.637)を邦訳
図 購買プロセスに応じた消費者のチャネル選択と企業・チャネルの多層化
2. 消費者を捉えるデータの進化
消費者や企業の行動が変わっているだけでなく、実は研究に使えるデータも近年では進化しています。従来の小売マーケティングでは、POSやID-POSデータと呼ばれる実店舗での購買記録に基づく研究が盛んに行われてきました。しかし、近年ではオンライン上の購買データも入手できるようになり、これにより実店舗とオンラインの双方での消費者の購買を分析することが可能になっています。さらに、購買時点だけでなく、情報探索に関わるデータも入手できるようになりました。例えば、スマートフォンやPCの検索履歴や起動ログのような行動ログがその代表例です。行動ログを使うと、行動の事実をベースに時間情報を伴う精緻な消費者行動の捕捉が可能になります。
一方で、研究をしていく際には、消費者の行動だけ見ていてもわかることは限定的で、行動と心理の両面から捉えていくことが有効です。私は、同一の消費者から、行動と心理の両データを収集したシングルソースデータを活用しながら多面的な消費者理解を試みてきました。
また、データの質の問題も重要です。例えば、アンケート調査を行った際に、いい加減な回答を行った調査対象者が多いと、データの質は悪化します。現代の人々は非常に多忙で、スマホで隙間時間に調査に協力することも多い状況です。このようなデジタル時代に適した調査設計と回答精度の評価方法の確立は、単にマーケティング研究だけでなく、政治学や心理学、社会学等、様々な学問分野で重要になっています。さらに直近では、人間の回答のようにみせかけたAIの回答によって、データが汚染されていくという課題も指摘されるようになりました。逆にAIの回答をうまく活用して、リサーチを進めていくという肯定的な方法論の展開も見られます。私は、このような良質なデータをいかに取得し、研究や実務に活用していくかというマーケティング・リサーチ方法論に関する研究も行ってまいりました。
3. これまでの研究
私は、小売分野における消費者行動の実証研究とそのためのマーケティング・リサーチ方法論の研究という両輪から研究を行っています。これらを簡単に紹介します。
小売の実証研究では、実店舗やオンラインを顧客がいかに使い分けるかを捉えたNakano and Kondo (2018)[2]や、時間的な行動変化を捉える統計的モデリングを提案した中野・近藤(2018)[3]、実店舗とオンラインの間で、買物カゴの商品構成に生じる需要の集中について、従来の理論とは異なる側面を論じたNakano (2023)[4]等を行い、これらの体系的な成果を「小売チャネル統合と顧客行動の科学」(中野, 2025)[5]という著書にまとめています。現代的な小売マーケティングに関わる研究も進めており、コロナ禍で生じたパニック購買現象(Nakano et al., 2022)[6]やプラットフォームの競争戦略(一小路ほか, 2022)[7]、パーソナライゼーション(渋瀬・中野, 2023)[8]、キャッシュレス決済の選択行動(中野ほか, 2024)[9]等をテーマとした研究も行ってきました。これらは購買やメディアの行動データ、心理データ、さらにはそれらの組合せを用いた実証研究になります。
マーケティング・リサーチ方法論の研究では、まず、行動ログとアンケートによる調査回答の間に生じるバイアスを検証した中野・残間(2017)[10]を行いました。また、近年は調査における不注意・努力不足回答者を識別するトラップ質問の研究を進めています。一つの成果として、トラップ質問が単に不注意・努力不足回答の識別だけでなく、他の設問に与える波及的効果を実証した、中野・竹内・長崎(2025)[11]といった研究を行っています。
4. 今後の研究課題
小売を取り巻く環境変化は続くとともに、研究者が取り組むべき課題も広がっています。私はこれまで小売マーケティングの研究をしてくる中で、より社会課題の解決につながる研究をしたいという思いで、直近は研究を進めています。例えば、災害や異常気象に対する消費者行動の理解や小売の対応、モノや情報の過剰消費やアディクションの問題に関心を持っています。また、新しいチャネルとしてメタバースによる商習慣に普及の兆しがあり、仮想世界と現実世界のチャネル統合戦略も研究の課題になります。さらに、生成AIが普及する中で、消費者を調査するマーケティング・リサーチの在り方も見直さなくてはいけない時期にきているといえます。AI時代の不注意・努力不足回答の識別法や、AIを活用したマーケティング・リサーチの正と負の両面からの検討等が将来課題になります。
マーケティング研究では、世の中の変化と共に、新しい課題が次々と生まれてきます。この20年で、実店舗にオンラインやスマホのチャネルが加わった変化や、郵送調査や訪問調査をネット調査が置き換えたというマーケティング・リサーチの変化等、リアルとオンラインを取り巻く変化がおき、それに応じた様々な研究が生まれました。さらにこの間、東日本大震災やCOVID-19パンデミック等、非常事態により小売企業は対応を迫られましたが、一方でそのときの経験や知識が蓄積しています。これらの発展経緯は、AIやメタバース、今後の災害・社会問題への対処等に応用が可能です。過去の知見や理論、方法論を踏襲しながら、新しい現象にチャレンジしていけることが、この研究分野の醍醐味といえます。
参考文献
[1] Robert C. Blattberg, Byung-Do Kim, and Scott A. Neslin (2008). Database marketing: Analyzing and managing customers. Springer, New York.
[2] Satoshi Nakano and Fumiyo Kondo (2018). Customer segmentation with purchase channels and media touchpoints using single source panel data. Journal of Retailing and Consumer Services, 41, 142-152.
[3] 中野暁, 近藤文代 (2018), 混合隠れマルコフモデルによるオンライン・オフラインチャネル選択行動のモデリング. オペレーションズ・リサーチ, 63(10), 635-646.
[4] Satoshi Nakano (2023), Customer demand concentration in online grocery retailing: Differences between online and physical store shopping baskets. Electronic Commerce Research and Applications, 62:101336, 1-9.
[5] 中野暁(2025), 小売チャネル統合と顧客行動の科学: リアルとオンラインをつなぐマーケティングの実証分析. 千倉書房.
[6] Satoshi Nakano, Naoki Akamatsu, and Makoto Mizuno (2022). Consumer panic buying: Understanding the behavioral and psychological aspects. International Journal of Marketing and Distribution, 5(2), 17-35. [日本商業学会学会賞 論文部門 IJMD優秀論文賞]
[7] 一小路武安, 勝又壮太郎, 中野暁, 山口真一, 生稲史彦 (2022). 覇権・成熟・成長期におけるコミュニケーション・プラットフォームの競争戦略. 組織科学, 55(3), 34-48.
[8] 渋瀬雅彦, 中野暁 (2023). 小売業はパーソナライズド広告をいかに活用すべきか〜信頼性が購買行動に果たす役割〜. プロモーショナル・マーケティング研究, 16, 26-45. [日本プロモーショナル・マーケティング学会 学会賞]
[9] 中野暁, 勝又壮太郎, 山口真一, 一小路武安, 生稲史彦 (2024). 消費者はどのように決済手段を選択するか?状況的要因と個人要因を用いた選択行動分析. マーケティング・サイエンス, 31(1), 9-37.
[10] 中野暁, 残間大地 (2017). メディア利用時間における自己申告型調査と行動ログの乖離に関する研究―個人のスマートフォン利用時間を対象とした実証分析―. 行動計量学, 44(2), 129-140.
[11] 中野暁, 竹内真登, 長崎貴裕 (2025). トラップ質問に接した回答者は、その後の回答行動を変えるのか?―不注意・努力不足回答識別法による注意喚起効果―. 消費者行動研究, 印刷中. [日本消費者行動研究学会 特集論文賞 口頭発表]
中野 暁(なかの さとし)/中央大学商学部准教授
専門分野 マーケティング・リサーチ、マーケティング・サイエンス、小売マーケティング1987年群馬県太田市生まれ。筑波大学大学院 システム情報工学研究科 博士後期課程修了。博士(社会工学)。株式会社インテージ 先端技術部 チーフ・データサイエンティスト、明治学院大学 経済学部 専任講師を経て、現職。
これまでに日本商業学会 学会賞 IJMD優秀論文賞、日本消費者行動研究学会 特集論文賞、日本マーケティング・サイエンス学会 研究奨励賞 審査員特別賞、IEEE/ACIS SNPD2022 Best Paper Award等を受賞。
主要著書に『小売チャネル統合と顧客行動の科学:リアルとオンラインをつなぐマーケティングの実証分析』(千倉書房, 2025年)がある。









