研究

統合陸域モデリング

新田 友子(にった ともこ)/中央大学理工学術院准教授
専門分野 気候水循環学

1. 気候システムにおける陸域過程

 大気や海洋に加えて、私たちが暮らす陸域も、気候システムを考える際、重要な要素のひとつである。陸域に降った降水は、一時的に木々の葉面に保持され、土壌に浸透し、河川や湖へ流出する。木々の葉面に保持された水・土壌・水面からの蒸発、植生による蒸散などを通して一部は大気に戻る。寒冷域では、積雪として比較的長期間、地表面に留まる。土壌温度が氷点下になると、凍土や永久凍土が形成される場合もある。また、太陽放射や大気からの放射は陸域に届き、木々の葉っぱの中を通って地表面に届く。太陽放射に対する地表面の反射率は、地表面状態によって大きく異なることが知られている。反射された太陽放射は大気に戻り、地表面もまたその温度に応じた放射を放出する。さらに、地表面からの顕熱や、蒸発散に伴う潜熱も大気へ輸送される。このように陸域では、水だけでなく、熱や物質が複雑に移動している。そのふるまいは、植生、土壌、地形、土地利用などの条件によって異なる。こうした現象は気候と相互に作用しているため、陸域での現象と相互作用の理解は、気候システムを理解し、将来の気候変動を予測するうえで重要である。また、洪水や渇水の予測といった社会的に重要な課題にとっても、精度の高い陸域シミュレーションは欠かせない。

2. 陸域モデリングの発展

 陸域モデルの開発は、1960年代から始まった。初期の代表的なモデルであるManabe(1969)によるバケツモデルは、土壌の層をある深さを持つバケツとして表現し、大気モデルの下部境界条件となる潜熱・顕熱フラックスを大気モデルへ提供していた。その後、複数層の土壌と積雪の水熱収支、植生、複数の土地被覆、河川、凍土、人間活動など、時代ともにより複雑な過程を含むモデルへと発展してきた。陸域モデルは、気候システムの中で陸域が果たす役割を理解するための重要な道具となってきた。

 日本で開発された気候モデルMIROC の陸域モデルである MATSIROも、長年開発が進められてきた。最新の気候モデルMIROC6に採用されたMATSIRO6 では、高緯度の湿地を表現する仕組みや、積雪深のばらつきを考慮した積雪被覆率の計算が導入されるなど、陸域過程の再現性は向上してきた。一方で、従来の陸域モデルは大気モデルの一部として開発されてきたため、多くの場合、大気モデルと同じ空間解像度で計算されてきた。しかし、実際の陸域は非常に不均質で複雑である。こうした複雑さを、大気モデルの一部として扱うだけでは、十分に表現することが難しいという課題があった。

3. 統合陸域シミュレータの開発

 以上のような背景のもと、国内外の研究者と協力しながら、統合陸域シミュレータ(Integrated Land Simulator; ILS)と呼ばれる新しい陸域モデルの開発に取り組んできた。ILS は、陸域の水・熱・物質循環に関するさまざまな要素モデルを統合的に扱う新しい陸域シミュレータで、陸域の複雑で不均一な過程を、相互につながった一つのシステムとして再現する枠組みである。陸域のさまざまな過程を表現する要素モデルを組み合わせることで、陸域全体のふるまいを、より現実に近いかたちで捉えることを目指している。

 ILS の特徴のひとつは、複数の陸域要素モデルを汎用カプラによって結合している点にある。これにより、それぞれのモデルが持つ格子系を無理に統一することなく、結合計算を行うことができる。たとえば、陸域モデルは陸域に適した高解像度の格子のまま、大気モデルや海洋モデルと結合することが可能である。流域形状に沿った格子を採用することにより、より現実に近い水文過程が表現できるようになっている。さらに、植生モデルや人間活動モデルなども、より柔軟に組み合わせることができる。さらに、継続的に開発が進む要素モデルの最新版を組み込むことも従来よりも容易になる。陸域の複雑性を保持したまま、気候システム全体の中で扱えるようになっている。

4. 現在の取り組み

 現在の ILS では、陸域物理モデル MATSIRO と河川動態モデル CaMa-Flood が結合されている。これにより、地表面や土壌、積雪、湖などの陸域過程と、河川の流れを一体として計算することが可能になっている。開発したモデルは、次世代気候モデル MIROC7 の陸域モデルとして採用されている。ILS の継続的な開発を通じて気候モデル全体の性能を向上させ、将来や過去の気候をこれまで以上に高い精度で予測・再現することを目指している。

 国内外の幅広いバックグラウンドを持つ研究者と陸域モデルの共同開発が可能になった点も重要である。都市、作物成長、灌漑、植生水理、斜面水文、水同位体、地下水、水温といった、これまで十分に扱われてこなかった要素モデルの結合が進められている。また、MIROC以外の大気モデルとも結合が進んでいるほか、最新の境界条件データやデータ同化、AIを用いたモデル改良、水循環システムへの実装などが進んでいる。ハッカソンの開催、ドキュメントの整備など、興味を持ってもらえた研究者がモデル開発に参加しやすくなる試みも進めており、陸域モデリング研究が一層活発になることが期待されている。

新田 友子(にった ともこ)/中央大学理工学術院准教授
専門分野 気候水循環学

広島県出身。2007年北海道大学工学部土木工学科卒業。2009年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。2012年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)(東京大学)。国立極地研究所特任研究員、東京大学生産技術研究所助教、特任講師等を経て2025年より現職。

現在の研究課題は、陸域モデル開発、寒冷域の陸域水循環、大気・陸域相互作用など。Journal of Climate、Journal of Hydrometeorologyなどの学術誌に論文を掲載。