研究

国際ビジネスをサプライ・チェーンから考える

榎本 俊一(えのもと しゅんいち)/中央大学商学部准教授
専門分野 経営学、国際貿易、グローバル経営

 現在、私は中央大学商学部で貿易論担当の教員をしています。

 通常の商学部ないし経営学部では、貿易論といっても、企業がどのような経営戦略に立ちグローバル・ビジネスを展開するのかではなく、国と国の間の財・サービスの動きを統計的に捉えて、国際取引には如何なる構造・法則が成立しているかを数理解析する国際経済学が教えられています。これに対し、私は、商学が具体的なモノの流れに焦点を当てて企業・ユーザ間の取引そのものを研究し、経営学が企業に焦点を当てて企業の経営戦略・経営計・マネジメント等を研究するものであることを踏まえ、グローバル・サプライ・チェーンの川上にいる企業が川下の顧客・ユーザに対して如何に価値提供をするのか、企業の国際ビジネスの展開を講義しています。

 専門用語はなぜか日本語よりも英語・ドイツ語を見た方が真意を理解し易いことが多々ありますが、貿易論も「貿易論」というよりも、英訳の"International Trade"を見た方が直感的に内容を掴めます。いささか長くなりますが、その理由を説明します。我が国は戦後「国内集約生産・輸出戦略」により高度経済成長を達成してきましたので、貿易というと国内で生産した製品等を海外市場に輸出することや、原材料や食料等を海外から輸入することを思い浮かべがちです。確かに、こうした国際取引であれば、貿易は国と国の間の財・サービスの交換としても違和感はありません。

 しかしながら、1980年代央以降の持続的円高(1985年9月の1ドル260円が2012年9月78円となりました)と通商摩擦等への対応から、日本製造業は国内集約生産を断念し、サプライ・チェーン中、部品生産や完成品組立の工程をグローバル分散させてグローバル生産体制に転換しました。日本メーカーは原材料から部品、部品から完成品を一気通貫で作る国内集約生産に代わり、東南アジア等で生産した部品・材料を中国の大規模生産拠点で加工組立してグローバル市場に供給したり、米国など地産地消を求める国・地域では、最終組立工場を設立して顧客に製品供給したりしています。

 こうなりますと、国と国の財・サービスの交換を見ていたのでは、日本メーカーが何をやっているかは分かりません。日本でも引き続きモノづくりをしていますが、製品輸出には昔日の面影はありませんし、逆に、メーカーは海外生産した製品を輸入して国内供給しています。部品も国内で生産されたものが海外輸出され、逆に、海外から部品が輸入されて国内で完成品に組み立てられるなど、日本と海外の間の財・サービスの移動に着目していても、日本メーカーがグローバルに如何なる活動や取引を展開しているかが全く理解できないのです。

 こうした状況は日本メーカーだけはなく、欧米メーカーにも共通であり、彼等の国際ビジネスの展開を理解するには、彼等がどのようにグローバルにサプライ・チェーンのプロセスを配置し、つなげているのかを理解しなければなりません。彼等はグローバルなサプライ・チェーンを組み立てるために、世界中の国・地域において国際的な(international)取引(trade)を行っていますが、これは国と国の間の財・サービスの移動に関する数理モデルで分析することはできず、グローバル企業がグローバル市場で顧客・ユーザにどのように付加価値提供しているか、企業同士で如何に競争しているかの姿は見えてきません。

 とはいえ、伝統的な日米欧メーカーであれば、サプライ・チェーンがかつてのような一国完結型ではなくなったものの、依然、原材料調達・部品製造・完成品組立・物流・販売サービスの全プロセスを垂直統合で管理しており、グローバル展開をまだしも追跡できます。しかしながら、APPLEに至っては、部品生産や完成品組立は日本メーカーや台湾系受託生産企業に完全にアウトソースして、製品の企画・設計と販売・サービスに特化しており、どのようにモノづくりしているか分かりにくい。APPLEのビジネスを理解するには、同社がどのように国際的な取引(international trade)を組み立てて、サプライ・チェーンをつないでいるかを知る必要があります。

 2019年に大学教員に転ずるまで、私は1990年から通商産業省・経済産業省で通商政策・産業政策に従事していましたが、1990年から2010年代央はグローバル・ビジネスの最良の時代でした。世界があたかも国境のない一つの国であるかのように、誰もが才能と知恵とカネさえあれば自由にビジネスをできました。実際、インド人ミッタルはインドでは鉄鋼国有原則があり鉄鋼メーカーを創れなかったので、インドネシアの国営電炉メーカーの買収・再建からスタートして、M&Aを通じて(インド以外で)世界中に電炉・高炉メーカーを展開する多国籍鉄鋼コングロマリットを築き上げました。誰もが自由にサプライ・チェーンをグローバルに展開し、最も効率的に、最も収益の上がる形で国際ビジネスを展開できました。

 しかしながら、2010年代後半以降、世界は逆コースを辿りつつあるようです。2016年の米国トランプ政権の成立前から予兆はありましたが、中国は経済的に台頭すると同時に、軍事・政治面でも米国に代わり覇権を取ろうとする動きを鮮明化させました。中国は1990年以降の自由で開かれた国際貿易体制の最大の成功者であり、各国メーカーが一国完結型のサプライ・チェーンをグローバル分散させ、各プロセスを最適立地させる過程で、世界中のメーカーの完成品組立工程を引き受けて「世界の工場」の地位を築きました。

 現在、中国はそれを足掛かりとして、あらゆる分野で自国完結型のサプライ・チェーンを構築し、経済的な自立性を達成しようとしています。「世界の工場」中国は完全ではありませんが、相対的に自国完結型のサプライ・チェーンを構築しやすいのですが、日米欧先進国メーカーはグローバル生産体制の構築の過程で、中国で生産する製品・部品・材料等に事業活動を依存するようになっており、自国完結型のサプライ・チェーンを構築し直すことは容易ではありません。こうした中、中国はレア・アースが典型的ですが、メーカーのグローバル生産において死活的な重要性を持つ製品の輸出を政治的対立国の企業には行わない(第三国の第三企業経由でも認めない)ことで、自国の政治的意思を強制しようとしています。

 これに対して、中国とはサプライ・チェーンを切り離すことが2010年代後半以降、特に2020年代央以降、日米欧では政策課題となっており、当然なことながら日米欧のメーカーにおいても中国に依存しない形でのグローバル・サプライ・チェーンの再構築が不可避です。貿易論では、グローバル・サプライ・チェーンの再編についても取り扱っており、将来の国際ビジネスや国際貿易がどのようなものになろうとしているのか、仮に、自分がその渦中に居てグローバル・サプライ・チェーンの再編を担うこととなったならば何ができるのかを考えてもらおうとしています。これは国際経済学では取り扱わない、企業の国際ビジネスないし国際貿易の課題であり、かかる実践的な問題にチャレンジすることを学生にもしてもらいたいと考えています。

 私はデジタル・エコノミーの下で企業がサプライ・チェーン上を川上川下に展開して、新たなビジネス・チャンスやイノベーションのヒントを得るサ―ビタイゼーションの研究もしているのですが、紙数が尽きかけていますので、これはまた別の機会があればお話しさせていただければと存じます。

榎本 俊一(えのもと しゅんいち)/中央大学商学部准教授
専門分野 経営学、国際貿易、グローバル経営

1990年、東京大学法学部卒業(法学士)後、通商産業省入省。爾後、産業政策・通商政策に従事。2015年以降、経済社会を一変させつつあるIoT革命に行政官として取り組むとともに、製造IoT化をサービス化とユーザ・イノベーションの観点から研究。2019年、関西学院大学商学部准教授(国際ビジネス)に転じ、2023年以降現職(貿易論)。1996年LL.M.(Columbia Law School)、2022年経営学博士(埼玉大学大学院)。研究分野は国際経営、製造企業のサービス化、デジタル経済。主著は博士論文「製造企業のサービス成長と脱コモディティ化」(2022年)、『国際貿易・ビジネスの再構築』中央経済社(2025年)等。