研究

気候変動問題と世論

青柳 みどり(あおやぎ みどり)/中央大学総合政策学部教授
専門分野 リスク・ガバナンス、環境政策、世論調査

リスク・ガバナンスとしての気候変動政策

 毎年11月〜12月に開催される国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)のCOP(締約国会議)には、世界から198か国・機関が参加し、温室効果ガス排出削減および気候変動の影響の最小化のための様々な取り決めを議論する。その議論をうけて、締約国は国内体制を整え目標達成に努力することになる。現在は2016年に発効したパリ協定にそった議論を中心に進められているが、その進展は現在の中東情勢をはじめとした各地の紛争の影響によるエネルギー・資源情勢の不安定化によりはかばかしくない。一方で各種世論調査(例えばIpsos, 2025など)によれば、一般市民の気候変動および関連の様々な問題に関する危機意識は高まっている。これまでG7(もしくはG8等)首脳国および温室効果ガス排出の多い中国などを中心に議論が展開されることが多かった。しかし、これまでは対策に対して否定的と考えられた産油国等の国々が最近のCOPの会議をホストするケースがでてきているなど、新たな動きがみられるようになってきている。

 気候変動は我々の将来を左右する大きなリスクである。このような大きなリスクを我々はどうやったら回避できるのか。もともと食品安全、防災、公衆衛生、そして環境分野には「リスク管理」という概念がある。リスク評価、リスク管理、およびリスク・コミュニケーションの3つの要素からなるものとされている(わかりやすい解説としては、CODEX委員会等)。この3つの要素での対応はシンプルでわかりやすい。しかし、この概念は「管理者側(行政側、気候変動についていえば政府)が判断してリスクを管理する」ことを前提とした枠組みである。気候変動対策は行政(政府)だけで対応しきれるような問題ではない。社会経済システムの各部門で判断し対応していかなくてはならないので、それを反映した枠組みが必要となる。それがここで紹介するリスク・ガバナンスの枠組みである。これは、国際リスク・ガバナンス・カウンセルを中心に提唱されているリスク対応のための社会の仕組みである(IRGC,2005)。社会の様々な部門・利害関係者が自身にとってのリスク評価、リスク管理、リスク・コミュニケーション、そして部門間の協働によって社会全体でのリスク削減を目指すというものである。

世論とリスク・ガバナンス

 社会の構成員である人々は様々な社会事象に関する意見をもつが、そのような意見の中でも一定の共通の見解を指すものが「世論」といわれるものである。世の中の人々の考えや意見のなかで一定の支持を得ているものとも言えよう。そして、世論調査はそのような世の中で一定の支持を得ている意見が、実際どの程度支持されているのかを科学的に把握する方法である。

 様々なガバナンスの議論の中で、一般市民、消費者、顧客等は利害関係者の一つとして重要な位置づけにある。リスク管理の枠組みにはコミュニケーションが位置づけられており、リスク・イベントについての理解を深めリスク対応を促すという目的が挙げられていた。それに対して、リスク・ガバナンスの枠組みにおいては、リスクに対する「市民の懸念評価」「リスク受容」「対応オプションに対する支持」など意思決定を含む様々な段階で市民の意見(世論)を取り入れることを要求する構造になっている。つまり、リスク管理における理解/対応という役割だけでなく、リスク評価・管理・コミュニケーションのそれぞれの段階において主体的に関わる形での定義であり、その市民の意見の把握ツールとして世論調査をはじめとする各種の社会調査が必須となっているのである。

気候変動問題についての世論とマスメディア

 筆者は、気候変動および関連するエネルギー問題を中心に世論調査を実施してきた。気候変動問題に対するリスク認知、気候変動問題解決の鍵となる様々なエネルギー源についての選好、パリ協定をはじめとする国際動向、各種対策に対する支持などである。同時に気候変動にかかるマスメディア報道の動きについても国際的なネットワーク(MeCCO: Media and Climate Change Observatory. https://mecco.colorado.edu/index.html)に参加している。世論はマスメディア報道の影響を大きく受け、マスメディア報道は、日本国内だけでなく国際的な大きな動きの影響を受けるからである。例えば、UNFCCCの毎年のCOPでの議論、数年に一度公表されるIPCC(気候変動にかかる政府間パネル)などや,最近増えてきた自然災害の際の気候変動の言及である。様々なイベントによりメディア報道は増加し、増加した報道量により人々の気候変動についての関心が高まることになる。昨今のSNSの普及はマスメディアの役割に変化をもたらしていると言われるとはいえ、現時点では多くの情報の伝達を担っていることには間違いない。メディアが情報を増幅させたり減衰させているのではないかという議論もある。世論はそれほど簡単ではない。人々は報道の内容を鵜呑みにしているわけではない。過去の経験や他の情報と照らし合わせた上で納得できる情報を取捨選択していることも多い。マスメディア以外の情報の伝達経路も含め、気候変動をリスクとして捉え、そのガバナンスに世論の動きとして現れる市民の意思をきちんと組み込んでいく。世論の動きを左右するマスメディアをはじめとする様々な動きも同時に検討する。それらがきちんとリスク・ガバナンスの枠組みの中で生かしていく仕組みを構築する。これにより、様々な立場の人がそれぞれの立場で対応しながらリスクを低減していくことができるであろう。


参考文献

Ipsos (2025) PEOPLE AND CLIMATE CHANGE.
https://www.ipsos.com/sites/default/files/ct/news/documents/2025-04/People%26amp%3BClimateChange2025.pdf.
(2026年6月1日アクセス)

IRGC (2005) White paper on RISK GOVERNANCE TOWARDS AN INTEGRATIVE APPROACH.
https://irgc.org/wp-content/uploads/2018/09/IRGC_WP_No_1_Risk_Governance__reprinted_version_3.pdf
(2026年6月1日アクセス)

FAO (2025) Risk assessment in the framework of Codex.
https://elearning.fao.org/course/view.php?id=1368.
(2026年6月3日アクセス)

青柳 みどり(あおやぎ みどり)/中央大学総合政策学部教授
専門分野 リスク・ガバナンス、環境政策、世論調査

専門分野 リスク社会学、環境政策、世論調査

長野県出身。1985年京都大学農学部農林経済学科卒業。1992年京都大学博士(農学) 国立研究開発法人国立環境研究所を経て2025年より現職。現在の研究課題は、気候変動問題と世論、特にマスメディア報道の影響、人々のリスク認知などである。コロラド大学を中心とするMeCCO(Media and Climate Change Observatory)プロジェクト(https://mecco.colorado.edu/index.html)などに参加しマスメディア報道と世論の関係を追っている。