文化政策と議会議事録分析
渡部 春佳(わたなべ はるか)/国際情報学部 助教
専門領域:社会情報学、文化政策論
1. 文化政策における意思決定のプロセス
あなたのまちの文化ホールを誰が運営しているか知っているでしょうか。文化政策というと、政府が文化ホールや美術館を整備すること、芸術家を支援することなどが一般に想起されるかと思います。しかし、文化政策は誰もが価値を認める文化芸術を支えるための自明の仕組みではありません。
近年の文化政策では、観光・まちづくり・国際交流・福祉・教育・産業など、他の政策目的を達成するための文化の機能的側面にも注目が集まっています[i]。また、こうした他領域への波及効果も含め、政策の根拠として示される「エビデンス」についての調査研究も進められてきました[ii]。しかし、文化政策は「良いものだから支える」という単純な話ではなく、何を・誰を・なぜ支えるかという価値判断の連続です。では、このように重層的で動態的な文化政策の意思決定をどのように研究対象とすることができるのでしょうか。
2. 議会議事録のテキスト分析
こうした問題意識をもとに私が取り組んでいるのが、議会議事録に対するテキスト分析です。政策にかかる価値判断は、政策文書や制度設計だけでなく、議会での発話や争点化のなかに現れます。議会の位置付けや構成は多様ですが、議事録から政策・制度が行政の仕組みの中で、どのような言葉で語られてきたか読み解くことができます。
議事録は官僚や政治家の発言をそのまま記録したものではなく、編集や確認を経た公式の記録です。それでもなお、政治学や社会科学の分野では、演説、新聞記事、行政文書に加えて、議事録もまた分析対象となるテキストデータとして扱う研究が蓄積されてきました。このような試みは、テキストをデータとして分析する手法でText as Dataと呼ばれています[iii]。
官僚や政治家の発言を扱おうとする視点は、機械的なテキスト分析に限られるものではありません。例えば政策研究者であるMajoneは、「公共政策は言葉からつくられている」と言い、政策過程を単なる合理的選択や技術的判断としてではなく、根拠や説得をめぐる議論を通じて正当化がなされる過程として理解しています[iv]。私の研究は文化芸術に関わる制度や政策を対象としていますが、これらを自明の対象としてではなく、議会における発話を通じて構成されるものとして捉えます。このような視点に立つと、議会議事録は公式の発話記録であると同時に、政策や制度の意味づけや正当化が行われる場として捉えることができます。
3. 地域の文化政策における議論の例から
文化施設・劇場をめぐる指定管理者制度の分析を例に考えてみます。日本では、自治体が設置する文化施設や劇場の多くが、自治体の直営ではなく、民間企業、財団、NPOなどによって運営されています。これは、2003年の地方自治法改正により導入された「指定管理者制度」によるもので、公共施設の運営に民間の経営手法を取り入れる仕組みです。
この制度は、公の施設に対してコスト削減やサービス向上を目的として導入され、管理者の指定にあたっては議会の議決を経るなど、議会の関与とチェック機能の重要性が強調されてきました。特に文化施設の場合、収益を上げることだけでなく、地域の文化活動を支えることや専門人材の確保など、多様な公共的役割が期待されています。そのため、議会における指定管理者制度の運用をめぐる議論では、「効率性」と「公共性」のバランスをどのように取るのかという課題が常に焦点となってきました。
実際に、指定管理者制度に関わる都道府県議会で議員の発言を分析すると、語の対応分析から、議論の構造が時代とともに変容してきたことが確認できます(図1)[v]。制度導入当初は、「担い手をどうするのか」「なぜ民間に任せるのか」といった、制度の趣旨に関わる論点が特徴的でした。その後、議論は「評価」「説明」といった管理的な論点から、「劇場」「人材」など文化施設の機能面へと広がっていきます。さらに近年では、「料金」「契約」「収入」など施設運営の持続性や、「観光」など他の政策領域との関連も目立つようになっています。このように、議会議事録を分析することで、文化政策において指定管理者制度のどの側面が問題とされてきたのかを捉え、それが誰によっていつ語られてきたのかの細部へと目を向けることができます。

図1 指定管理者制度に関する都道府県議員発言の対応分析(時期区分別)
4. 今後の研究:生成AIと議会議事録分析
ただし、膨大な議会議事録から論点を恣意的にならない形で抽出し、読むという作業は容易ではありません。これまで、政治や政策に関わるテキストの分析は、辞書、統計的手法、機械学習モデルなどを用いて行われてきました。近年では、こうした手法に加えて、大規模言語モデル、いわゆるLLMの活用が広がっています。LLMは文脈を踏まえたテキストの要約や分類、発言者の立場推定を支援し、議会議事録研究においてもより精緻な研究を可能にしています。
さらに、近年ではCodexやClaude CodeのようなAIエージェントの登場により、これまで技術的な制約から大規模テキスト分析が困難であった研究者も、自然言語によってテキストの収集、前処理、要約、分類、集計を進めることが可能になりつつあります。私自身、AIエージェントを用いて議会議事録の集計、可視化の一部を行っています。その過程では、人間が一からコードを書けば時間のかかる作業を短時間で試行できる一方で、検索語設定や発言抽出の妥当性、要約結果の解釈については、研究者が元の議事録に戻って確認する必要があることも見えてきました。さらに生成AIは、膨大なテキストの論点整理を支援し、次に読むべき箇所や分析の方向性を示してくれることがあります。しかし、どこまでそれらに依存してよいかについては、慎重な検討が必要です。今後は、生成AIを活用した議会議事録研究における可能性や課題についても考察していく予定です。
[i] 文化庁(2023)『文化芸術推進基本計画(第2期)―価値創造と社会・経済の活性化―(令和5年3月24日閣議決定)』文化庁。
[ii] 文化政策のエビデンスを整理した包括的な研究として以下がある。Crossick, Geoffrey and Patrycja Kaszynska(2016)『Understanding the Value of Arts & Culture: The AHRC Cultural Value Project』(=中村美亜訳(2022)『芸術文化の価値とは何か―個人や社会にもたらす変化とその評価』水曜社).
[iii] 代表的なものに以下がある。Grimmer, Justin, Margaret E. Roberts, and Brandon M. Stewart(2022)『Text as Data: A New Framework for Machine Learning and the Social Sciences』Princeton University Press.
[iv] Majone, Giandomenico (1989). 『Evidence, Argument, and Persuasion in the Policy Process』 Yale University Press. (=今村都南雄訳(1998)『政策過程論の視座―政策分析と議論』三嶺書房).
[v] 図はKH Coderを用いて作成したものに一部加筆。本分析結果は以下の発表に基づく。渡部春佳(2025)「公立文化施設の指定管理者制度の導入・運用に関する地方議員の発言についての予備的考察」『2025年度社会情報学会大会研究発表論文集』。本発表はJSPS科研費23K12068の助成を受けた。
渡部 春佳(わたなべ はるか)/国際情報学部 助教
専門領域:社会情報学、文化政策論愛媛県出身。2010年京都大学文学部卒業。2012年東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。同大学院博士課程進学後、2020年博士(社会情報学)取得。早稲田大学先端社会科学研究所助教、独立行政法人日本芸術文化振興会主任助成活動調査分析研究員等を経て、2024年現職。
社会情報学の領域で、文化政策および文化施設運営を専門に研究している。特に、国内外の議会議事録のテキスト分析を通じて、文化芸術をめぐる制度や政策課題がどのように語られてきたのかに関心を持って取り組んでいる。
主著に、渡部春佳(2023)『公立文化施設のガバナンス論 自治体によるアカウンタビリティの実践と変容』早稲田大学出版部。









