AIシステムの進展と民事責任の対応の可能性
前田 太朗(まえだ たろう)/中央大学専門職大学院法務研究科教授
専門分野 民事法学
1. AIシステムのプラス面
人工知能(Artificial Intelligence 以下、AI)システムが登場し、この技術が急速に進歩し、普及することにともなって、われわれの生活もまた格段に快適になり、また今後さらにそうなっていくと考えられる。
筆者の身の回りを見ても、パソコンには、AIシステムが登載されており、他愛もない雑談をしたり、国外にいる研究者とのメールのやりとりにあたり、よりネイティブな文面の案を練ったり、あるいは研究の着想を得るためのキャッチボールをしたりしているが、これは数年前には全く考えられなかったこととであると同時に、筆者の研究生活は、こうした技術革新による恩恵を相当程度享受している(なお、この文章の作成にあたって、AIに丸投げして作成していないことをあらかじめお断りしておく)。日常生活に目を移しても、この原稿作成に先立ち、スマートフォンのアプリによる操作でお掃除ロボットを稼働させ、このロボットが自宅のリビング・ダイニングの床をきれいに掃除してくれることで、家事労働の時間を大幅に削減し、原稿執筆のための時間作出に大いに貢献してくれている。
もう少し視点を社会に移すと、AIシステムの技術革新により、そう遠くない将来において、自動運転が現実のものとなり、さらに完全自動運転の時代も到来しよう。このことで、流通で見るならば、輸送における人手不足への対応も可能となろうし、個人的嗜好・観光や旅行のレベルでもみても、移動時間を、運転操作から解放され、友人・家族との団らん時間の拡充に振り向けることが可能となる。
2. AIシステムのマイナス面
このようにAIシステムに代表される技術革新の登場は、非常に良いことばかりのようにも思われる反面、やはり、従来とは異なる新しい技術であることから、想定外の事故も起きうると考えられる。技術革新のマイナス面ともいえる事故に対し、このことで損害を被った被害者は、加害者に対し、民法や製造物責任法に基づいて民事責任を追及していくことになり、特に製品による事故となれば、製造物責任法が主要な役割を担うものと考えられる。
しかし、AIシステムを例にとると、なぜそうした行動をしたか解明することが困難であったり、製品にAIシステムが登載されている場合には、自己学習をすることで、製造者が想定していないないし十分にコントロールできない可能性があったり、インターネットを介し、製品を操作する場合には、サイバー攻撃を受けて、当該製品が暴走するといった危険性が想定されよう。また、そもそも、製品にソフトウェアが登載され、そのソフトウェアに欠陥があるために、製品が事故を惹起したのであれば、その製品に欠陥があるとして、現行法でも対応可能であると考えられる一方で、技術革新によりソフトウェアが、製品に搭載されずにインターネット上にある場合に、同様にソフトウェアに欠陥があり、そうした事故を起こした場合には、ソフトウェアが製造物にあたるか、という基本的な解釈論上の問題が残されている。このように、AIシステムに代表される技術革新から、従来想定されてこなかった危険性や事故態様があると考えられ、こうした危険性に対し、製造物責任法もこれに対応して、解釈論の展開とともに、立法論を詰めていく必要性があると考えられる。
3. AIシステムに対する製造物責任の立法の可能性‐EU法からの示唆
近時、経済産業省がまとめた「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き[第1.0版]」が公刊されており、今後の解釈論ないし立法論の契機となる重要なものと考えられる。
目を海外に転じると、AIシステムに代表される技術革新に対し、規制を加えつつ、その発展・普及のバランスをとろうとするアプローチを示しているのが、欧州連合(以下、EU)である。2024年に製造物責任指令(Directive (EU) 2024/2853)が発効し、2026年年末までに構成国は、この指令を国内法に置き換えることが求められ、目下、各国において、製造物責任法の改正作業が進められている。同指令では、ソフトウェアを明示的に製造物に含めること、欠陥の判断に当たり、AIを想定し、自己学習に対応した要素を取り上げていること、また、インターネット接続を想定し、サイバーセキュリテイに対応した要素を取り上げ、技術革新に対応していること、サイバーセキュリティに対応したソフトウェアのアップデート・アップグレードに対応するため欠陥の判断基準時を、流通時よりも後に置くことができる場合を示したこと、流通形態の多様化に対応し、責任主体を拡充したこと、証拠開示のルールを明示したこと、欠陥や因果関係について立証責任の緩和をしたこと、責任限度額の規定を廃止したことなどを特徴として挙げることができる。いずれもAIシステムに代表される技術革新に対応し、製造物責任の現代化を企図しているものと評価できるものである。
製造物責任指令に対し、筆者が着目するのは、AI法に代表されるAIシステムに関する公法的規制を、欠陥の判断や立証責任の緩和にあたり考慮に取り入れられるように規律を設けていることである。EUは、AIシステムに対し、事前的な規制を公的な形で、事後的な規制を損害賠償の機能を持つ民事責任・製造物責任に任せる形で、公私協働し、一貫させていく形でおこなっていくことを、製造物責任指令において示唆しているとも考えられる。EUのアプローチをこのように理解すると、この前提には、AIシステムに対し規制を行っていくが可能であるという理解があるものと考えられ、EUはそうした理解に基づいて、AIシステムに起因する事故に対しありうる民事責任のアプローチの示したと評価できるものであろう。
4. EU法からの示唆の日本法での受け止め方
EUは、製造物責任指令の改正と前後して、AI法に代表されるAIシステムと関係する各種法令や規制を示すことによって、世界に対し先鞭をつけるように、AIシステムに代表される技術革新に対し、いわゆるブリュッセル効果(EU本部がベルギーの首都ブリュッセルにあることに由来する)を狙っているともいえる。その一方で、AIシステムに対し、どのようなアプローチをとっていくかは、各国の経済政策と密接にかかわっていることも看過されるべきではない。仮に、日本が、EUのようなAIシステムに対し強い規制を前提とするアプローチを選択せず、むしろより緩和した姿勢をとるとすれば、EUの製造物責任指令を直輸入し、製造物責任法の改正を行っていくことは避けるべきであろう。
その一方で、EUの製造物責任指令に関して、改正作業と前後し、おびただしい数の論文やレポートが出されており(それこそAIシステムの助けを借りて翻訳し、分析してほしいほどの量である)、そこでは、製造物責任指令における各規定の細かい解釈論の展開を示すものはもちろん、製造物責任の枠組みにとらわれない別の責任(厳格責任・危険責任)の可能性、AIシステムへの法的人格の付与可能性、ひいては、責任を問うこととは別に補償基金のスキームの可能性など、多様で多元的な視点が提示されている。これは、AIシステムに対する公法的規制のあり方及びこれと民事責任判断との関係付けの問題とは別に、純粋にAIシステムに起因する事故に対する民事責任のスキームやその実効性を確保するスキームの着想を得るうえで多くの素材を貯めている宝箱ともいえよう。この宝箱に手を伸ばし、素材を分析し・検討を進めていくことで、日本版のAIシステムの事故に起因する民事責任の構築のための着想を得ることも可能と考えられる。筆者もこの方向性で研究を進めていきたいと考えている。
【参考文献】
- 大塚直「現行法下でのAIに関する不法行為責任について」窪田充見先生追悼論文集『民法・民法学の将来像』(商事法務,2026年)261頁
- 白石友行「AI・アバターの不法行為責任」(税務経理協会,2026年)
- 経済産業省「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き[第1.0版]」
前田 太朗(まえだ たろう)/中央大学専門職大学院法務研究科教授
専門分野 民事法学神奈川県出身 1981年生まれ。2004年早稲田大学法学部卒業、2007年早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了、2012年同博士後期課程満期取得退学、早稲田大学法学学術院助手、愛知学院大学法学部専任講師、同大学准教授を経て2020年中央大学専門職大学院法務研究科准教授、2023年より現職。
現在の研究課題は、AIシステムに起因する事故に対する民事責任の解釈論立法論についてEU法、ドイツ法、オーストリア法を参照して研究を進めている。
近時の主要業績として、「民法714条に基づく親の不法行為責任の帰責構造の再構成」新美育文=浦川道太郎=古谷英恵[編]『不法行為法研究6』(成文堂,2025年)39頁以下「不法行為法における責任原理の多元性の意義とその関係性の検討(1)~(3・完) ―墺法・独法からの示唆を基に―」中央ロージャーナル、18号3号53頁以下、同4号99頁以下、同19巻1号65頁以下(2021年~2022年)がある。









