デジタル社会の深化を目指して
土屋 健(つちや たけし)/総合政策学部 教授
専門分野 情報システム、分散システム
1. 情報技術のインフラ化とデジタル社会の拡大
90年代後半より利用可能となったインターネットは、この四半世紀の間に最も拡大し、我々の生活と社会の構造を変革し続けている。この変革は"インターネットの公共インフラ化"といえる。インターネットは、コンピュータを接続するネットワークから、"空気のようにあらゆる場所・モノ・人に溶け込んでいるもの"へと変質し、社会で提供される多くのサービス、手続き等をどこにいても、いつでも利用が可能であるデジタル社会を提供するインフラに位置付けられる。
デジタル社会の拡大は、リモートワークなど時間や場所の制約を緩和するとともに、少子高齢化による人手不足や、地域格差といった社会課題のデジタル技術による解決に寄与している。
2. 社会の急速な変化へ適応するために
急速に変化する社会に対し、人々は戸惑いを持ちながら個々人の力で対応してきた。しかし、対応力の差は情報格差(デジタルデバイド)と呼ばれる新たな格差を生み出している。デジタル機器の習熟度や操作スキルの差がデジタル社会で享受できる利便性の格差を生み出している。この格差解消に向けて、全ての人に優しいデジタル社会を目指した取り組みが行われている[1]。具体的には、マイナンバーカードの活用、多様な手段による情報アクセシビリティの提供、デジタル相談窓口の設置などのソフト面、ハード面を含めた取り組みが行われている。
今後もデジタル社会は、情報技術の進化とともに機能の拡大が予想される。このとき、新しい手順、慣習の受け入れに加え、技術による利便性と安全性の確保、法整備によるルールとして明文化など多方面からのアプローチで社会変化の影響の極小化を試みる。結果として、デジタル社会の最適化を図り、多くの人が公共インフラとして受容できることを目指している。
3. デジタル社会のAIによるパーソナライズ
前述したデジタル社会自体は概念に過ぎない。このデジタル社会の実体は、情報システム/サービスの集合体である。つまり、単一の情報システム/サービスではなく、公共情報サービスを含む複数の事業者らがそれぞれ提供する情報システム/サービスの集合体である。そのため、目的ごとに利用する情報システム/サービスが異なり、各々の環境でIDとパスワードの要求、異なる操作性などITへの習熟が求められる。また、事業者間はプライバシ、倫理的観点から事業者間で情報が連携されない。従って、同一項目や類似項目に複数回の入力が求められるといったユーザビリティ性の課題が存在する。本課題解決のために、現在では、自分自身や類似する利用者の入力・操作履歴を分析したAIの利用が一般的となっている。スマートフォンで経験があると思われるが、本機能は、AIによって操作、情報入力の自動化が可能となる。これは、利用の障壁が削減され、デジタル社会のパーソナライズの実現と同時に、さらなる利用の拡大を期待することができる。
一方で、パーソナライズには、利用者ごともしくは類似した利用者のデータが鍵となる。しかし、事業者間でデータの共有は行われない。そのため、GAFAのような複数サービスを傘下に持ち、内部データを統合する巨大な事業者に多数のデータが集積する。このデータによるAI性能に太刀打ちできず、現状では利便性の高い巨大事業者にさらにデータが集中する。そのため、データを有していないもしくは、少量データしか持たない情報システム/サービスではどのように利便性を高めるAIを構築するかが課題となっている。
4. 少量データで高性能なAIの構築
十分なデータを持たない状況でAIを構築する手法として、類似する別システム/サービスで取得したデータで構築されたAIの実体である学習モデルを転用する転移学習[2]の研究がすすめられている。このとき、データ自体を共有するのではなく、データの特徴を示す学習モデルのみが別の情報システム/サービスで再利用される。これまで、学習モデルは不可逆であり、法的、倫理的観点において共有化への問題が少ないとされていた。現在、一定条件下でデータ推定が可能であることが判明し、EUを中心に議論が続いている。近年では、転移学習の学習モデルをタスクの少量データでパラメータ最適化を実行するファインチューニング[3]を利用することで、高い性能をもつAIを構築している。つまり、十分なデータを持たない場合でも、少量データでAIの構築が可能である。しかし、転移学習が利用できる学習モデルは類似するタスク間に限定され、適用できるケースが限定される。
筆者らはこの課題に対して、少量データで構築した学習モデル間を結合させることで、任意の特性を持つ学習モデルの構築手法[4]を提案している。提案手法では、少量データで構築した学習モデルを目的タスクに適応した特性を持つように選択して結合する手法を実装し、評価を行っている。つまり、学習モデル間結合を可能とすることで、データ学習することなくその特徴の抽出を可能としている。
近年ではユーザ側でデータ学習を行わない生成AIの利用が日常的となっている。生成AIの学習モデルであるLLM (Large Language Model)は大量のデータを複雑に学習したモデルであり、1つで多様なタスクに対応できると思われがちである。しかし、転移学習と同様に、LLMに含まれないデータに関するタスクに対応できない。そのため、一つのLLMで全タスクをこなすことは現実的ではない。現在、急速に特定の領域に特化したLLMが増加しており、2025年頃からタスクに適したLLMの選定、ルーティング手法について議論が進められている。筆者らもタスクに適切なLLM選定手法について検討を行っている[5]。
ユーザ側でデータ集積・学習が不要なAIの利用方式の確立は、AIの利用を一般化し、多くの利用者が情報システム/サービス、ひいてはデジタル社会をより広く利用してもらうことに必要であると考える。また、今後デジタル社会はますます多機能化することが予想され、ますます進化する機能へ利用者が対応するにはデジタル社会のパーソナライズが必須の機能である。
5. 今後の課題
現在、デジタル社会は、社会インフラとして、人々の社会活動、社会課題の解決に利用されている。そして、情報技術の進化、社会の変化によって利用できる機能は拡大し続け、今後もその傾向は変わらないと考える。同時に、利用者は、現実社会からデジタル社会への変容への対応、複雑化するこのデジタル社会を効率的、効果的に利用するためにAIを利用したパーソナライズへの依存が大きくなる。また、現在のパーソナライズに利用されるデータは、利用者の入力履歴など直接的なプライバシ性の低いデータが主体である。しかし、今後、デジタル社会で利用可能な機能、およびパーソナライズの高度化に伴い、個人情報や本人画像といった高度なプライバシ性を含むデータの活用が想定される。従って、データの重要性の高まりとともに、更なるデータ安全性の確保が求められる。今後の四半世紀では、パーソナライズ、つまりAIに利用するデータの重要性の高まりとともに、利便性とデータ安全性を両立した信頼の構築されたデジタル社会が求められ、発展していくと考える。筆者も微力ながら、デジタル社会の発展に寄与できるよう研究を積極的に推進したい。
参考文献
[1] デジタル庁設立5年 ~デジタルで変わる、一人ひとりの暮らし、https://www.digital.go.jp/policies/report-2026 (26/9/26 checked)
[2] Pan, S. J., Yang, Q., "A survey on transfer learning", IEEE Transactions on Knowledge and Data Engineering, 22(10), pp.1345-1359, 2010
[3] Devlin, J., Chang, M. W., Lee, K., Toutanova, "BERT: Pre-training of deep bidirectional transformers for language understanding", Proceedings of NAACL-HLT 2019, pp.4171-4186, 2019
[4] Tsuchiya, T., Mochizuki, R., Hirose, H., Yamada.T, and Quang, T. M., "Research on Selective Combination of Distributed Machine Learning Models", SN COMPUT. SCI. 3, Springer, 2022
[5] Tsuchiya, T., Mochizuki, R., Hirose, H., and Quang, T. M., "LLM Based Evaluation for Dynamic Routing Among Large Language Models", Communications in Computer and Information Science, vol. 2709, pp.13-25, Springer, 2025
土屋 健(つちや たけし)/総合政策学部 教授
専門分野 情報システム、分散システム静岡県御殿場市出身、1978年生まれ。
2001年東京理科大学理学部応用物理学科卒業。
2009年早稲田大学大学院情報生産システム研究科博士課程修了、博士(工学)。早稲田大学理工学術院助手、諏訪東京理科大学 助教、准教授、東京国際大学教授等を経て、2026年4月より中央大学総合政策学部教授。現在の研究課題は、Webシステムを中心とした分散データ管理基盤の研究開発とデータ分析など社会応用。特に、分散データによる高性能AIの構築に関する研究に取り組んでいる。









