
慶応義塾大学医学部教授でデータサイエンティスト、4月に開幕する大阪・関西万博ではテーマ事業プロデューサーを務める宮田裕章氏にインタビュー。データサイエンスやデジタルテクノロジーは、どうウェルビーイングに寄与するのか、それらとうまく付き合うには何が必要か、宮田さんご自身の「適パ」とは何かなど、お聞きしました。
デジタルの重要な本質の一つは、「多様な価値観を多様なままに扱える」ことです。これまでは、お金より大切なものがあるといっても、その価値を共有することができませんでした。ですから、共有できるお金の価値に収れんされ、みんなその流れに飲み込まれてきたわけです。けれども、今はデジタルによってそれぞれが大切にするもの、さまざまな価値が可視化されるようになりました。短期的な利益だけを追い求めるのではなく、もっと多様な価値観を紡ぐフェーズにようやく入ったのだと思います。
そうですね。今は、多様性という概念を大事に思わない人も、その概念の存在については認識しています。ですから私は、やはりある一定の良い方向には向かっているんじゃないかとポジティブに受け止めています。どういう未来にしたいのか想像しながら、お互い考え、共に歩んでゆく。きれいごとと片づけるのは簡単ですが、やはり大事なことだと思います。もともと世界はつながっていて、そのつながりが可視化された今、私たちはつながらざるを得ない社会にいるともいえます。最終目的地がお金しかないと、なかなか折り合えないところもある。だからこそ、共に歩むための対話というものが、未来を想像し、そこへ向かうためのより強い力になっていくと考えています。
SDGsはまさにその論理で、未来とか生きがいを考えるよりも前に、とにかくまずは命を救おう、というところから始まったんですよね。そこは、共有できるはずだと。ただ、この10数年SDGsをやってきて、人が生きるということを考えたとき、ともしびを消さないというのはもちろん大前提として、何を輝きとするのかというところも同時に重要なのだとわかってきました。たとえば貧困から、明日をも知れない中からその人を救い出すときの支援として有効なのは、ただ餓えをしのぐ支援よりも、生きがいを持って生きられるところまでの支援なんですよね。もちろん食糧支援自体も大事なのだけれど、飢えを満たしたあとに、どこに向かうのか、何を生きがいにして生きていくのか、ここを支えることこそが大事ですよね。世界全体がSDGsのその次、ともしびを消さないことだけを共通項とするつながりから、多様な輝きを一緒に作っていくんだというところに進んでいくと思います。さまざまなアイデアが提起される今回の万博は、その転換点になるんじゃないかなと思っています。
デジタル社会において個人が避けて通れないのは、やはりエコーチェンバー現象※でしょう。自分の期待するもの、心地よいものにズブズブ耽溺してしまい、気づけば、似たようなジャンルの漫画を繰り返し読んでいたりするなど、新しいものに触れることなく過ごしてしまいます。それが行き過ぎれば、ほかのコミュニティと分断を生み、かつ攻撃的にもなってきます。ですから、そうしたデジタルの負の側面に自覚的になり、意識的にいつものコミュニティから離れてみることは大切ですね。自分の関心をいろいろな方向にちょっとずつ向けてみるということでしょうか。
※SNSなどのネット空間において自分と似た者同士が共感しあうことで、同じ意見や思想、価値観が増幅する現象
「好」い加減(最初の「い」にアクセント)に生きる。いいですね、植木等さんですね(笑)。
確かに依頼された仕事でスケジュールを埋めていると、ある種の充実感は生まれます。ですが、それらは周囲との関係性の中で受けている仕事なので、それだけで埋めてしまうと、研究者としてどこに向かって泳いでいるのかわからなくなります。なので、週のうち半日くらいは、できるだけ何もしない時間を作るようにしています。浅瀬にとどまるように目の前の仕事だけに埋もれずに、深呼吸をして潜るとか、あるいは山の上に登るとか、物事を見る視点の高さを変えて見渡し、考えをめぐらす時間です。半日を取ることが難しくても、睡眠前の深夜とか、マッサージを受けている時とか、移動の車中とかに何もしない時間を作る。で、その時に「お前、なんかやった気になっていないか」「それは10年後にも本当に必要か」「次の世代の人が全否定しても、お前は笑っていられるのか」というような問いを自分に突き付けてみるんです。最近は、生成AIに自分の書いた文章を「批判的に吟味せよ」と問いかけたりもしています。かなり厳しいことを言われて、へこむんですけど(笑)。
マゾヒスティックですよね。あと、これは東アジア人特有の傾向にも感じるのですが、たとえば中国、韓国、日本の方々ってマメな人が多いですよね。私は、この大元は科挙にあると見ているんですが、わーっと知識習得して、激しい競争を戦い抜き、マメに生きていく。働き続けることこそが美徳であるような、そんな考え方もあります。もちろん、そういったマメさや、何かに懸命に取り組む姿勢というのは素晴らしいことです。ただ、そればかりに囚われてしまうと、思わぬところでバランスが崩れてしまうときもあるように思うんですね。持続的に頑張るためにも、常に意識をせわしなく追い立てられる状況から、オフする時間はすごく大事です。なので、「好い加減に生きる」って、すごくいい言葉ですよ。
何もしない時間を作ると言いながら、新幹線の中では私もスマホをずーっと見てしまったりして、決してコントロールできているわけではないんですけれど、新しいテクノロジーもまずは使ってみることです。生成AIも、まだ使ったことのない方が多くいることでしょう。ですが、使ってみてはじめて、できる/できない、自分のスタイルに合う/合わないといったことがわかるわけです。「好い加減のバランス」を知るためにも、まず使ってみることでしょうね。
データ化しないほうがいいこと……。そうですね。やはり悪意の連鎖でしょうか。ポジティブな感情がつながっていくように、逆の現象も起きているわけですよね。依存させてお金を使わせたり、分断と対立を放置したままだったり、好ましくない状況はすでに顕在化しています。糖尿病の人にスイーツを見せたり、アルコール中毒の人にお酒を見せたり、その後その人がどうなろうと関係なく、短期的にお金を回収するような状況は確かにあります。ですから今後は、そういう人にはスイーツやアルコールを勧めない、別の価値軸でドライブさせるような場を作ることが求められるでしょう。そうしたほうが、エンゲージメント(ユーザーの愛着や思い入れ)が高まる、ウェルビーイングにつながるのだとしっかり定義されていけば、状況は変わってくるのではないでしょうか。
中国のある企業では、ユーザーがCO2削減に向けた取り組みを実践すると、ポイントが貯まり、貯まったポイント数に応じて特典が受け取れるというような仕組みを取り入れています。こうした善意の仕組みを工夫して考えていけると、面白い未来につながっていくのではないかなと思いますね。

(みやた・ひろあき)1978年生まれ。慶応義塾大学医学部教授。2025年大阪・関西万博では、シグネチャーパビリオン「Better Co-Being」のプロデューサーを務める。








