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佐々木 信夫

佐々木 信夫 【略歴

大阪都構想、実現ストップ

佐々木信夫/中央大学経済学部教授
専門分野 政治学、行政学

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住民投票で決定!

「前に進むか」、「立止まるか」―現場での熱い戦いとなった「大阪都構想」の是非を問う住民投票が終わった。5月17日の投票結果は、投票率66.83%、賛成票694,844、反対票705,585。有効投票数の0.76%の僅差で反対が上回った。大都市地域特別区設置法に基づく今回の住民投票は、投票率に関わらず1票でも多い方の結論に従うというもの。結果、反対票が上回ったことで、この5年間、橋下徹市長らが掲げてきた「大阪都構想」は最終局面でストップすることになった。

 賛成多数なら移行期間を経て2017年4月、大阪市が廃止され、大阪都(府の名称変更には法改正)と北、湾岸、東、南、中央の5つの特別区が誕生し、大阪は東京と並ぶもうひとつの「都」として新たな出発をするはずだった。特別顧問として関わってきた筆者としては残念至極である。というのも、大阪の衰退が東京一極集中を加速させているだけに、日本の今後のかたちを考えても、大阪を都にし、2都体制で日本の分散型国土を形成して欲しかったからだ。

反対の結論を得ての筆者コメント

 そもそも大阪都構想は、将来の大阪を発展させるための夢のある構想だった。しかし、時間の経過と共に、大阪市廃止、特別区設置という行政改革の話になり、住民投票の日が近づくにつれ、「大阪市存続か」「大阪市廃止か」の市役所廃止の是非論に堕していった。この矮小化されていった変容過程のなか、有権者は「市を残せ!」に傾いたように思う。

 まず、反対多数だった結果をみて、筆者はメディアの取材に次のようにコメントした。

「特別区の住民サービスはどうなるのかという市民の不安を払拭できなかった。それに安倍政権下での上向きな景気に、現状のままでいいという保守思考が働いたのだと思う。

 100年に一度の改革の機会を失ってしまい、非常に残念。東京の一極集中をなくし、日本を分散、分極型の国に変えることもできなくなった。それを考えると、日本の将来にとって大きな損失だ。

 大阪は改革しないという保守的なメッセージを国内外に発信したことになり、今後、企業が大阪に投資しようとしなくなることが懸念される。大阪の右肩下がりの現状は打開できない。」(読売新聞)

「都構想を掲げることで、現状の大阪市が抱える2重行政や住民自治といった課題が浮き彫りになったが、市民が『今のままでいい』という判断を下した。都市の仕組みを変えるという試みは目に見えないもので、分かりにくさがあったのではないか。

 また、都構想は、基礎自治体をつくりきめ細かな住民サービスの提供をするということと、『大阪都』が司令塔となり税収増や若者の雇用増など広域的な成長戦略を打ち出して大都市・大阪を発展させるという2つの意味があるが、『特別区』の話に傾斜しがちで、都政のセールスポイントがあいまいで魅力ある全体像を打ち出せなかったのも、市民の理解を得られなかった大きな要因ではないか」(産経新聞)。

大阪都構想の本質

 そもそも今回の住民投票は、大阪の統治機構を大きく変えようというもの。長らく続いてきた府市合わせ(不幸せ)とも言われた大阪府と大阪市のせめぎ合いによる2重行政をなくし、浮いた財源で医療、福祉、教育を充実し、いじめ、虐待、犯罪などの防止に生かそうというもの。270万をカバーする大大阪市を廃止し、それに代えて基礎自治の部分は公選の特別区制を5つ創設し住民自治の充実を図る。一方で、インフラ整備や産業、港湾、地下鉄などの広域行政は府に一本化し、国際的な都市間競争に打ち勝つ戦略本部・大阪都庁をつくる。これでこの40年余、衰退し続けてきた大阪、関西経済の低迷にストップをかけ、大阪を中心とする西日本の拠点性の復活をめざそうというのがねらいである。

 なぜ、「大阪の乱」とまでいわれた、この大騒動が起こったのか。その背景には、1970年の大阪万博以降、右肩下がりが始まった大阪の衰退、関西の地盤沈下をどうすれば食い止められるか、その方法論をめぐる争いがあった。第1は現在の270万政令市の大大阪市を残したまま再生を図るのか、そうではなく、第2に大阪市を廃止し5つの特別区(自治体)を創設し、府市統合で大都市行政の司令塔を一本化する「大阪都」を実現するのか、2者択一を迫るものだった。5年前に始まる橋下徹氏ら大阪維新の会が中心になって進めてきた改革構想は、後者(第2)を選択したことになる。今回の住民投票を前に繰り広げられた賛成、反対の論争も、基本的には第2の路線でいくのか、現状の第1の路線を維持するのか、の論争であった。

 この大阪市を廃止し、住民自治を充実できる特別区を創設し、府市合体による大都市行政の一元化する「大阪都構想」が出てきたのは、2011年11月の大阪ダブル選挙(府知事選と大阪市長選)の時からである。大阪維新の会を代表する橋下徹市長(前府知事)、松井一郎知事(前府議)の大勝によって、大阪都構想は実現に向け動いてきた。

 これまでの大阪は、業務中心地を府県行政も併せ持つ大阪市政が握っており、広域自治体とされる大阪府政といえども事実上、大阪市域には手を出せなかった。しかも大阪府域は地理上、香川県に次いで狭く南北に細長い。その真ん中に中心都市大阪市がある。府民のためと言って整備しても設置場所は大阪市内になる、大阪市は当然市民のためと言って大阪市内に施設をつくる。

 結果、府と市がバラバラに設置する類似施設が林立することになり、補助金、手当てなど中小企業や市民向けのサービスにも重複が多かった。こうした二重行政が突出しているのが大阪の現状。しかも、広域政策の権限を府と市に与えている結果、府知事と大阪市長のめざす整備方針、大阪のあり方についても考えが異なり、「府市合わせ」(不幸せ)のいがみ合いが続いてきた。

 これを基礎行政は特別区に委ねるため、きめ細かな対応のできる公選の代表、議会がマネージする5つの特別区(基礎自治体)を創設する、一方、広域行政は大阪府に戻し、大阪の司令塔は大阪府(都)庁に一本化するという、行政システムの再整備を図ろうというのが大阪都構想のねらいであった。とくに、大阪にとって目新しい公選の首長、議会を有し50万都市クラスの権限を持つ5つの特別区が、住民生活の拠り所となる。そこを拠点に教育、医療、福祉、まちづくり、中小企業、虐待、いじめ対策など住民に身近な地方自治が営まれる。これまでの大阪市の出張所に過ぎなかった24の行政区と全く違う、東京でいうなら杉並区、八王子市並みの権限を持つ特別区が大きな力になるという制度設計。

 一方で、大都市の一体性、リーダーシップを強化する視点から、大規模インフラの整備や都市開発、成長戦略などは大阪府(都)が担当する。大阪全域で見ると、面積も狭く過密に喘いできた大阪市内だけでなく、他の42市町村も含め広い視野に立って広域政策が展開され、関西の雄として司令塔の一本化、政策の一体性が確保されるとの判断だ。

 こうして大阪の行政は、大胆にムダを排除し、賢い小回りの利く自治体の活動と政策官庁創設で、行財政が合理化し、東京と並ぶ強い大阪に復権できる可能性が高まってくると期待した。

食い違う双方の意見

 結論は僅差で落ち着いたが、そこに至る過程は政治闘争そのものだった。上下水、交通の民営化提案も、府・市立大学の統合提案でも自民、公明、民主、共産などが多数を占める市議会、府議会の勢力に阻まれ、関連条例が軒並み否決されることを繰り返してきた。大阪は府議会でも市議会でも「会派あって議会なし」のボヤキが聞こえる、ガバナンスを失った政治状況にあった。外部からみていると、政治闘争に明け暮れる政治家の戦いとは別に、肝心の270万市民は蚊帳の外に置かれ続けた感じだった。そこで今回、府市統合の協定書が60日前に市議会、府議会で決まったことを受けて突然、住民投票になだれ込んだ。推進派はもう800回も説明したと言っても、世論調査をすると“説明不十分”が70%に達した。蚊帳の外に置かれ続けた市民の悲鳴にも似た世論調査結果である。

 推進派の言い分はこうだ。「今のままでは大阪の発展は望めず、市民負担も増大する。都市の発展には、成長戦略や公共インフラ計画という大都市戦略をつくり、実行部隊となる強力な役所組織が絶対に必要である」(橋下徹市長)。

一方、反対派は「そもそも2重行政など存在しない。政令市である大阪市をなくして特別区にすれば、本来市が持っていた権限、財源は減る。特別区長は財布も権限も小さくなり、結果として、住民に良質なサービスを提供することはできなくなる」(柳本顕自民市議)。

 真っ向から全く違う意見を述べる両陣営の主張に、このいずれが正しいことなのか、市民有権者は戸惑いを隠さなかった。“わからない”で投票日を迎えた人も多かろう。

 ともかく、このすれ違い論争、押し問答が延々と続いてきた「大阪の乱」。これに5月17日、211万有権者はよく分からないので、改革構想を前に進めるより、立ち止まって考えよう、というのが今回の住民投票の結果と言えよう。この結論が、今後の大阪、関西経済に与える影響は大きいように思う。変わるとのメッセージを出し続けてきただけに、国内も国外も大阪、関西への投資を抑制する動きに出てしまうのではないか。

筆者の見た現場での印象

 現場でタウンミーティングなど改革構想を進める陣営の運動と、1つひとつワンポイントで問題を指摘する反対陣営の運動をみて、筆者には、行政の仕組みを大きく変えるのがよいかどうか、普段考えてみたこともない一般市民に直接聞くというやり方がいかに難しいことか、痛感させられるものであった。

 例えばこうだ。この構想が実現すると、敬老金がなくなりますという風評が流れると(実際はなくならない)、それだけでお年寄りは反対!

 また、市域を5つの区に分けると越境入学や隣区の市営住宅に入れなくなるといったデマが飛ぶと(実際東京でも相互融通している)、それだけで反対!

 お年寄り、子育て中の女性、補助金を受けている中小企業者など、既成の仕組みの中で日常を送っている人々にとって「変わることへの不安」は強い。橋下氏もそこは分かっていた。私に「佐々木さん、だんだん投票日が近づくにつれ、人間の保守性が顔を出してきますよ。だから1ヶ月前、世論調査でリードしているという数値が出ても、1ヶ月後は逆転しているかも知れませんよ」とクールにみていた。

 歯がゆい感じがしたのは、一般市民は構想全体のメリットや住民から遠い巨大市に代え、身近な公選区長や議会制度を有する基礎自治体を置くことで民意をきめ細かく反映し住民自治を充実させようという、民主主義にとって大事な制度設計などには目もくれない。

 「対案なき反対のための反対運動」が延々とスピーカーで流れ、誹謗中傷のビラが撒かれる。これにひとつでも引っかかりがある人は反対。確かに反対陣営のネガティブキャンペーンも振るっていた。「一つでもウッと何か引っかかることがあったら、反対しましょう!」のビラ。これは意外に効く。というのもすべて賛成項目だけが並ぶ改革などあり得ない訳だから。要は相対的にいずれにメリットが大きいかだが、そうした目は持ちにくい。

 この3年余、大阪市、大阪府の特別顧問として構想の作成に関わってきた筆者からすると、公職選挙法が準用されるとはいえ、最終局面で誹謗中傷の飛び交う票の奪い合いのような住民投票が行われた現実を前にして、この先、安倍政権が狙う憲法改正の国民投票が果して民意を反映する方法として、わが国でうまく機能するのかどうか疑問も残るものだった。要は、本質を理解しないままの市民に踏み絵を迫るやり方が、ほんとうに正当性を持った結論を導くのかどうか。単なるマスコミの扇動などに乗じた大衆操作ではないかと。

 今後、憲法改正や道州制移行で同じ事態が生まれるかもしれない。その点、大阪での実験は色々な意味で私たち国民に教訓を残した。

実現までのステップ

 賛成票が上回れば、約2年の移行期間を経て、2017年4月に大阪市の廃止に代え、大阪都、5特別区が誕生し、直ちに5特別区の区長選、区議選が行われ、東京都と同じように特別区を有する都区制度が本格的にスタートするはずだった。これは、長い大阪の歴史、そして日本の地方自治の歴史において特筆すべきこと。1943年、東京府と東京市を合体し、戦時体制のなか戦費捻出など首都防衛の臨戦態勢が求められる中で国の手で東京都制を生み出したのとは全く異なる。様々な困難を排して地方の自力による改革運動の成果として生み出したものだから。しかし、事実は99%段階まできて、あと1%の住民のゴーを得られず、止まってしまった。

 日本の大都市制度は、大阪の政令市・大阪が2重行政など問題を露わにしたように、大きな問題を内包している。かといって、東京都にしか存在しない特別区を内包する都区制度が完璧な制度ともいえない。市町村の大都市特例を積み重ねてきた「未完の大都市制度」が政令市制度だとすれば、東京の都区制度は区側からはもっと強い自治権を望む声が絶えず、都側からすると「大都市一体性」を大義に権限、財源を手放さないようにしようとする、地方分権時代に必ずしもふさわしい制度とは言い切れない。

 主要国には大きく①特例都市タイプ(指定都市に近い制度でマルセイユ、リヨン)、②特別市タイプ(州・府県と同格市でミュンヘン、ケルン)、③都制タイプ(内部団体として特別区を包含。韓国広域市、ドイツ都市州)など3類型の大都市制度がみられるが、今後、日本も大阪での問題提起を受けて多様な大都市制度、選択可能な大都市制度を「大都市制度法」のような法整備によって実現可能とすることが望まれる。

 住民投票についても、アメリカなど住民投票で政策決定を行うことに慣れている国と違い、民意を直接反映できる参加手段の価値すら理解しようとしない日本人。4月の統一地方選で無競争当選が3割近くを占めた日本、間接代表制が機能しなくなりつつある中、今回の住民投票という直接参加の方法。上述の体たらくからして、いずれもうまく機能しないとすれば、日本の民主主義は空洞化し形骸化が進んでいる証となってしまう。その点、大阪での今回の住民投票は、研究面も含め私たちに政治参加のあり方についていろいろ示唆を与えるものだった。景気変動に翻弄される日本の現在について、「改革なくして成長なし」という言葉をあらためて送りたい。

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佐々木 信夫(ささき・のぶお)/中央大学経済学部教授
専門分野 政治学、行政学
1948年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了、法学博士(慶應義塾大学)。東京都庁勤務を経て、89年聖学院大学教授、94年中央大学教授。2000年米カリフォルニア大学(UCLA)客員研究員、2001年から中央大学大学院経済学研究科教授・経済学部教授。専門は行政学、地方自治論。日本学術会議会員(政治学)、政府の第31次地方制度調査会委員など兼任。この3月まで大阪市・府特別顧問。近著に『人口減少時代の地方創生論』(PHP)、『新たな「日本のかたち」』(角川SSC新書)、『都知事―権力と都政』(中公新書)、『地方議員』(PHP新書)など多数。NHK地域放送文化賞、日本都市学会賞受賞。NHKテレビや各新聞でのコメント多数。各地で精力的に講演活動も続けている。