
おいしい記憶。
底知れぬ深さを持つ語であることを、両大賞受賞作が示してくれた。
『私とゆで豚とお母さん』(キッコーマン賞)
母が拵(こしら)えた初の料理を食べたときの、こどもの驚きと喜び。さぞ大きかったことだろう。日記に描き添えたという絵まで、読み手の目に浮かんできた。
家事に追われつつも家族のために作る母の料理の、なんと尊きことか。
王冠を授けてくれた先生も、家庭ではおいしい記憶を子に残す母だったのかもしれない。
『櫻ごはん』(読売新聞社賞)
筆者は今年90歳だとうかがった。
わずか1200字を拝読しただけで、幾多もの辛苦を越えてこられたと拝察できた。
筆者の復員を見届けて急逝された祖母が遺されたもの。それは櫻ごはんのみにあらずだ。
深い山谷を乗り越えられたことで醸成された、筆者の温和さ。素直な文章を認(したた)め得た才能も、祖母より受けし薫陶(くんとう)の賜(たまもの)に違いない。