「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテスト

読売新聞社と中央公論新社は、キッコーマンの協賛を得て、「あなたの『おいしい記憶』をおしえてください。」コンテストを開催しています。笑顔や優しさ、活力などを与えてくれるあなたの「おいしい記憶」を、私たちに教えてください。
第16回

一般の部(エッセー)

キッコーマン賞
「必殺カレー」
斎木 圭子さん(京都府・62歳)
読売新聞社賞
「元気のバトン」
染谷 真由さん(茨城県・17歳)
優秀賞
「あの日のあんパン」
庄子 侑里さん(宮城県・21歳)
「カチカチの棒鱈と、柔らかな記憶」
伊藤 まりなさん(東京都・33歳)
「三角形の救世主」
山本 くみこさん(東京都・45歳)
「捨てられないマスキングテープ」
花岡 萌さん(東京都・41歳)
「世界に一つだけのスープ」
中村 麻佑さん(静岡県・26歳)
「セロリがつないだ縁」
田中 典子さん(東京都・49歳)
「そぼろ丼の味がする日」
田中 聡子さん(愛知県・27歳)
「父とたけのこと私」
市原 美穂さん(千葉県・43歳)
「どか盛りクッキー」
青井 空さん(兵庫県・20歳)
「雪国からの贈り物」
井口 和子さん(東京都・82歳)

小学校低学年の部(作文)

キッコーマン賞
「世界一のおじいちゃんのベーコン」
佐々木 結花さん(東京都・9歳)
優秀賞
「おじいちゃんおでん」
若狹 早さん(愛媛県・7歳)
「また飲みたい柚ジュース」
水谷 飛仁さん(東京都・9歳)

小学校高学年の部(作文)

読売新聞社賞
「干し柿からの贈りもの」
中前 緑さん(大阪府・10歳)
優秀賞
「父の作る地球一の年越し蕎麦」
渡邊 敬藏さん(東京都・9歳)
「仏様へのお団子」
北見 日那さん(福島県・11歳)

※年齢は応募時

第16回
■一般の部(エッセー)
優秀賞

「そぼろ丼の味がする日」 田中 聡子 ( たなか さとこ ) さん(愛知県・27歳)

高校受験を控えていたある日、三者面談で志望校は難しいと言われた。
帰り道、私は感情のやり場がなくて、信号待ちの交差点で言ってしまった。


「わたしのこと、何にも知らないくせに。励ましたりとか、やめてくれない?」


吐き出した瞬間に、取り返しのつかないことを言ったとわかった。
けれど、言葉はもう白い空気の中に放たれていた。
目の前の信号が青に変わるまでの時間が、やたらと長く感じた。
鼻の奥が熱くなって、息が苦しかった。


そんな私に、母は正面を向いたまま、少しだけ口角を上げて言った。


「何年あんたの母親やってると思ってんの」


それきりだった。
振り返らない母の背中を追いかけるように、私も前だけを見て歩き出した。
その一言が胸に染みて、あたたかくて、情けなくて、でも不思議と力が湧いてきた。


その日の夜ご飯は、甘辛そぼろ丼だった。
いつもと変わらない、いや、むしろちょっと濃いめだった。
みりんと砂糖と醤油だけの、なんてことない味付けなのに、しみじみとおいしかった。
味が出尽くすまで、何度も何度も噛んだ。
口の中に広がる甘じょっぱさが、どうしようもなく泣きたい気持ちを、どこかに連れていってくれた。


よくもまあ、これだけでこんなにおいしくなるなと思った。
今日のは、たぶん醤油が多めだった。


社会人になって、今は彼と二人暮らしをしている。
仕事が遅くなった日、
冷蔵庫を開けてひき肉と玉ねぎが目に入ったとき、なんとなくそぼろ丼を作ってみた。
甘辛く炒めた肉の香りが1Lに広がった瞬間、不意にあの日の記憶が蘇ってくる。


彼は「これ、好きだわ」と言って、いつもより早く箸を動かした。
その様子を見ながら、私はなんだか少しだけ泣きそうになった。
母がそぼろ丼に込めてくれた、あのときの気持ち。
それを、今度は私が誰かに渡しているんだと思った。


味は、まだ母には敵わない。
でも、醤油の分量を少しだけ多めにしたのは、あの日の味を思い出してのことだった。


忙しい毎日のなかで、上司に言われた「社交辞令を本気にするな」という言葉が、心に刺さった。
社会って、想像以上にしょっぱすぎる。
誰かの本心がどこにあるのか、探ってばかりいる自分がいる。
そんなとき思い出すのは、あの日のそぼろ丼だ。
あの味だけは、探らなくてもちゃんと伝わる。
あの時の母の気持ちは、口じゃなくて、味に宿っていたんだと今は思う。


うまく言葉にできないとき、人は料理に頼るのかもしれない。
言葉を交わさずとも、伝わるものがあると知ったのは、きっとあの日の夕飯のおかげだ。

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