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社会の価値観は変わっていく。
だからこそ自分の軸を大切にしてほしい。

北川 千晶さん北川 千晶さん

「自分らしくない」からこそあえて飛び込んだ金融業界

Khor 本日は、三菱UFJ銀行 常務執行役員の北川千晶さんをお迎えしています。北川さんは岐阜県のご出身ですが、大学進学にあたっては、早い段階から東京への進学を考えていらっしゃったのでしょうか。

北川 ふるさとのことはもちろん大切に思っていましたが、生まれ育った環境の外に出てみたいという気持ちは、子どもの頃から持っていたように思います。父が土木関係の会社を経営していたこともあって、経営への関心が強く、いつか外の世界で学んでみたいと考えていました。

Khor だから商学部に進学されたのですね。

北川 最終的には商学部に進学しましたが、経済や経営など、いわゆる"商い"に関する学問には幅広く関心がありました。

Khor 学生時代にはバックパッカーとして旅をされたご経験もあるそうですね。現在の「銀行員」という堅いイメージとのギャップがあり、とても興味深く感じました。

北川 私自身、本来はひとところに留まるよりも、様々な場所を見てまわったり、外の世界に触れたりするのが好きな性格だと思っています。ただ、それならなぜ"お堅い"銀行なのかと言われると、自分が"行きそうにない場所"にあえて飛び込んでみたい、そんなチャレンジ精神や社会に対する反抗心みたいなものがあったのでしょう。

Khor 私のゼミの学生がある証券会社の最終面接で「あなたはお金が好きですか?」と聞かれたそうです。やはり金融業界では、お金に対して何らかの熱意や関心を持っていることが重要なのかもしれません。

北川 それはあると思います。私の場合はやはり育った環境でしょう。父が会社を経営していたので、資金繰りに苦労する姿を間近で見てきました。銀行に対する思いが複雑であることも分かりましたし、私が銀行に就職すると話したときも、良い顔はしませんでした(笑)。ただ先ほども少しお話しした通り、父への、といいますか保守的なもの全般に対する反発心が強かったこともあり、そう言われるとむしろ「やってやろう」という気持ちになってしまったんです。

Khor 時代も時代ですし、それほど大学に女子学生はいなかったのではないでしょうか。

北川 女子学生は少なかったですが、「そういうもの」と自然に受け入れていました。むしろその環境で学べること自体に感謝していました。戦前であれば、女性はなかなか教育を受けられなかった。社会に出るときも同じで、少し前までは女性が総合職を選択できない時代があった。その道を切り拓いてくれた先輩たちの努力のおかげで、私は選択の機会を得ることができたわけですから、その権利を自分がしっかり使い切り、次の世代に繋げていかなければという思いは、当時も今も強く持ち続けています。

支えてくれた人への感謝が前に進む力になった

Khor 同じ会社で35年間勤務されていると、社内の価値観や文化がどのように変化してきたのか、その過程を肌で感じてこられたのではないでしょうか。

北川 そうですね。私が営業を始めた頃は、女性が担当だということに抵抗を感じられるお客様も多かったです。また「女性の部下はいらない」なんてはっきり口にする上司も少なくありませんでした。

Khor それは大変な状況ですね。どのように乗り越えられたのでしょうか。

北川 男女問わず、励ましてくれる同僚がたくさんいたのは心強かったですね。最初は抵抗感を見せていた男性経営者の方々も、融資業務などで関わるうちに、少しずつ味方になってくれる方が増えていきました。中には「ビジネスの世界はそんな簡単なものじゃない。私たち銀行の顧客からしたら使えるか使えないか、その2つに1つだけで、男か女かは関係ない」といった言葉で叱咤激励してもらったこともありました。

Khor 今振り返って、そうした当時の状況についてどう思われますか。

北川 当時は男女の働き方の違いに悩むよりも、「同じ仕事ができる」という喜びのほうが大きかったですね。そして、私を励まし、時には力を尽くしてくれた方々への恩返しをしたいという思いが、何よりも強くありました。それと同時に、道を切り拓いてくださった女性の先輩方が抱えていた悔しさを、少しでも晴らしたいという気持ちもつねに持っていたように思います。

Khor 北川さんのお話を伺っていると、「恩返し」がひとつの大きなテーマであることが伝わってきます。そして同時に、ご自身の歩みを、⾧い歴史の中のひとつの足跡として捉えている姿勢も印象的です。

北川 私はあまり「自分が女性初だ」というように思ったことがないんですよ。周りから言われて「そうなのか」と思ったくらいで。ですから比較的肩に力を入れずに来られたのでしょう。ようするに鈍感なんですよ(笑)。

Khor 自分の軸といいますか、どんな環境でも「流されない」部分をお持ちなのでは? 私も同じタイプなので少し分かる気がします。

北川 そうですね。その時々で右に揺れたり左に揺れたりすることはあっても、きちんと真ん中に戻ってこられるようにしよう。そうした意識は、これまでどのポジションにいても持ち続けてきました。どれだけ大きく揺れても、分裂せずに真ん中に戻る。それが私にとっての包摂性、いわゆるインクルージョンなのかもしれません。

執行役員というポジションは自分ひとりのものではない

Khor 現在の会社で執行役員のお話をいただいたときは、やはり驚かれたのではないでしょうか。

北川 純粋に今までの仕事を認めてもらえたことを光栄に思いました。そして私一人のためのものではなく、これまで一緒に力を尽くしてくれた仲間たちに対してもらったポストなのだから、みんなにとって誇らしい存在でなければいけないと強く感じました。そして同時に、ここからまた始まるんだという思いもありました。ビジネス上、ここから先はまた新たな競争のステージですから。

Khor 執行役員という立場になってからは、見える景色は変わりましたか?

北川 まだまだ見えない景色があるんだな、というのが本音です。ただ見えない部分があるからこそ、それを見たいという思いがあります。何より今私が責任を持って進めているウェルスマネジメントという事業の領域があるのですが、このビジネスで一緒に働いてくれているメンバーとともに、この領域の頂からの景色はどういうものが見えるのか、それをずっと追い求めたいです。

Khor 私の場合、日本武道館で行われた入学式で、学生たちの顔を見た瞬間に「あ、自分は総⾧になったんだ」と、あらためて実感が湧きました。北川さんにも、そんなふうに「執行役員になった」と強く実感した瞬間はありましたか?

北川 それを感じてみたいです(笑)。ただ、後ろに誰かがいてくれるのと、誰もいないのとでは、大きな違いがあるように思います。総⾧になった瞬間に見える景色ということは、目に映るすべての責任が総⾧自身の肩に乗ってくるような感覚と、セットになっているのではないでしょうか。そのときのお気持ち、すごく興味があります。

Khor 先ほどの北川さんの話に強く共感して、「これからスタートだ」という思いがありました。学生に対しても教員に対しても責任をすごく感じましたし。そしてもう一つ北川さんに共感しているのは、やはり先輩たちが頑張ってくれたからこそ、今私はここに立っているんだという感謝です。

北川 そのお話を伺って、やはり元々の育った国が違おうと、触れてきた文化が違おうと、同じ部分はあるんだなと思います。

必要以上に重く考えずに管理職に挑戦してほしい

Khor 先ほどから何度も「先輩たちが頑張ってくれたから今の自分がある」という話が出ていますが、そうなると、私たちもまた次の世代へバトンを渡していかなければならない立場になりますよね。そうしたなかで、女性の活躍という課題については、北川さんはどのようにお考えでしょうか。

北川 そうですね。女性活躍の推進には、トップダウンとボトムアップの両方が必要だと思います。人事部主導で管理職比率の目標を掲げたり、育休制度を整えることも大切ですし、経済界全体で役員に占める女性の比率を引き上げる動きも重要です。ただ、制度だけでなく、現場から自発的に広げていくモーメンタムづくりも、同じくらい大事だと感じています。

Khor 御社ではどういう状況でしょうか。

北川 じつは私の後、女性役員が増えていないのが現状です。執行役員は銀行全体で約100人いますが、足もと、内部から昇格した女性執行役員は私を含めて 2 人、取締役も 1 人だけ。これは自分自身の課題だと感じています。そもそも女性で残って働いている人が少ないので急に増やすのは難しいですが、次の世代が自然に続くよう、継続的な取り組みが必要です。その一環として、現在は「ウーマンズビジネスアライアンス(WBA)」という社内の活動を立ち上げようと、私自身も先頭に立って進めているところです。

Khor 具体的にはどのような取り組みなのでしょうか。

北川 まだ計画段階ではありますが、WBA の活動では、社外で活躍されている女性のお話を伺ったり、当社のトップと対話の場を設けたり、女性の活躍を後押しする機会を増やしていく予定です。そこに社内の多くの女性を巻き込み、数の力でモーメンタムをつくることが目標です。もちろん男性にも参加してもらい、ボトムアップ型の活動をさらに広げていきたいと考えています。

Khor それは楽しみですね。北川さんはとても充実しているように見えるのですが、最近では「管理職は罰ゲーム」といった言葉がメディアで取り上げられることもありますよね。

北川 なぜ管理職になりたくないのか逆に不思議です。こんなにやりがいがあるのになぜだろうと。確かに責任の「幅」は広がりますが、社内を見回してみると、どの立場の人も皆、それぞれの場でしっかり責任を果たしている。そう考えれば、ポストが変わっても本質は同じ。必要以上に重く考えすぎないでほしい、と若い社員にはよく伝えています。

Khor では最後に北川さんから、これから社会に出る若者に向けて、メッセージをいただければと思います。

北川 これまで当たり前とされてきた価値観も、実はどんどん変化しています。たとえば私の母の時代は、専業主婦が憧れの存在で、働く女性は"かわいそう"とされる風潮もありました。でも今は、女性が働くことが当たり前となり、さらに家事育児も夫婦で分担するのが自然という感覚に変わってきています。そんなふうに、社会の価値観は想像以上に早く、大きく動いていく。だからこそ、若い人たちには今の常識にとらわれすぎず、そして、何も状況は変わらないとあきらめず、変化を起こしながら、自分らしい道を選んでほしいと思います。

Khor とても素敵なメッセージをありがとうございました。


三菱UFJ銀行 常務執行役員 ウェルスマネジメント担当 北川 千晶(きたがわ ちあき)

1968 年、岐阜県生まれ。⾧良川で泳ぎを覚え、自然豊かな環境の中で、鮎のようにのびのびと育つ。
1987 年、岐阜高校卒業後、早稲田大学商学部へ進学。
当時のバブル経済に背を向けるように会計学に打ち込み、バックパッカーとして世界を旅する放浪癖は今も続いている。
1991 年、東海銀行に入行。
雇用機会均等法施行から5 年目。女性が総合職を目指すにはまだ厳しい時代のなか、悪戦苦闘の末に滑り込み、キャリアをスタートさせた。
2007 年より、尾頭橋、駒込、銀座、自由が丘と各支店⾧を歴任。
地域やお客さま、そして何より苦楽を共にした職員への感謝を胸に歩んできた。
2017 年からは執行役員部⾧、地区本部⾧を経て、現在は常務執行役員を務める。
「いくつになっても日々成⾧。今日も一回り大きく!」を信条に、今なお挑戦を続けている。

法政大学 第21代総長 Diana Khor(ダイアナ・コー)

1960年香港生まれ。1983年香港大学社会学科卒業 (B.Soc.Sc.)。同大大学院社会学研究科修士課程修了(M.Phil.)、スタンフォード大学大学院社会学研究科修士課程修了(M.A.)を経て、1994年スタンフォード大学大学院社会学研究科博士課程修了 (Ph.D.)。1999年法政大学第一教養部専任講師、その後法学部教授などを経て、2008年よりグローバル教養学部教授。2021年に法政大学常務理事・副学長(2025年3月まで)、2025年3月31日より法政大学総長。専門は社会学、ジェンダー・セクシュアリティ。