思い込みを超えた先に、自分だけの物語がある。
在嶋 満さん
玉川上水で育まれた生命科学への好奇心
コー 今日は、法政大学大学院理工学研究科に在学中、第68回メフィスト賞を受賞し、作家デビューを果たした在嶋満さんをお迎えしています。まずは、小説を書き始めたきっかけから教えてください。
在嶋 小説を書き始めたのは、大学1年生の冬頃です。ただ、最初の作品を応募した後に大学生活がどんどん忙しくなり、しばらく書かない時期が続きました。そのときに「書いていない自分は、自分じゃない」といった感覚になりました。それで「もし書くことを仕事にできたら、これほど幸せなことはない」と考えるようになり、本格的に作家を志すことにしました。
コー 小説を書き始めた、直接のきっかけは何だったのでしょうか。
在嶋 最初は、いきなりアクションシーンが頭に浮かんだんです。その場面を書かずにはいられないような感覚になって、とにかく書き始めてみたら、最後まで書けてしまったという感じでした(笑)。
コー そんなことがあるとは驚きです(笑)。小さい頃から小説家を目指していたわけではなかったのですね。では、どのような少年時代を過ごされたのでしょうか。
在嶋 小学生の頃は立川に住んでいて、近くを玉川上水が流れる自然豊かな環境で育ちました。カブトムシを捕まえたり、川で遊んだりと、毎日のように自然の中で過ごしていました。
コー その頃から、生き物への興味が育まれ、それが生命科学部への進学につながったのでしょうか。
在嶋 おそらくそうだと思います。高校では化学が得意だったので、当初は化学系への進学を考えていました。ただ、勉強を続けるうちに、植物や昆虫など、もっと身近な生き物について学びたいという思いが強くなり、法政大学の生命科学部へ進学しました。
コー 大学時代に小説家を志すようになった一方で、大学院へ進学され、害虫の研究にも取り組まれています。そのあたりの経緯を教えてください。
在嶋 学部では3、4年生になってようやく専門的な研究が始まるのですが、卒業すると、せっかく身に付けた実験技術を深める時間があまりありません。もう少し研究を続けてみたいという思いがあり、大学院への進学を決めました。その一方で、小説も書き続けていました。研究の道へ進むのか、それとも作家として歩んでいくのか、自分自身と向き合う時間が欲しかったことも、大学院へ進んだ理由の一つです。
『逆鱗』に込めたリアリティーへのこだわり

コー 『逆鱗』を読んで驚いたのは、その圧倒的な読者を引き込む力です。私自身、刑事ドラマが好きでよく見るのですが、小説でありながら、まるで映像を見ているかのように、冒頭からぐいぐい引き込まれました。一方で、描かれているのは刑事や暴力団など、在嶋さんの日常とはまったく異なる世界ですよね。にもかかわらず、とてもリアリティーを感じました。こうした作品を書くために、どのような取材や研究をされたのでしょうか。
在嶋 刑事ものの小説は以前からよく読んでいたので、その知識が土台になっています。加えて、ノンフィクション作品や資料も読み込み、細かな部分を調べながら書きました。
コー 読んでいて、本当に細部まで説得力があると感じました。執筆にあたり、ほかにも意識されていたことはありますか。
在嶋 小説を書き始めた頃は、まず一度最後まで書いてみて、それをプロの作家が書いた作品と徹底的に見比べるようにしていました。「何が足りないのか」「どこが違うのか」を考え、その気づきを原稿に反映させる。そしてまた書いて、読み比べる。その繰り返しでした。
コー 何かのインタビュー記事で、「専門的で難しい内容を、どうすれば読み手に理解してもらえるかを常に意識している」とお話しされていましたね。
在嶋 私が書いているのはハードボイルドなので、警察や暴力団など、一般の方にはなじみのない世界が多く登場します。だからこそ、中学生や高校生でも理解できるような文章を心がけています。人は、自分が知っていることは相手も知っていると思い込みがちな生き物です。その思い込みがあると、本当に伝えたいことが読み手に伝わらなくなってしまいます。だからこそ、「本当に相手に伝わるだろうか」という視点を持ちながら書くことを大切にしています。
コー 読者からも、「まるでアクション映画を観ているようだった」という感想が多く寄せられています。改めて、在嶋さんご自身が『逆鱗』で特に注目してほしいと思うポイントを教えてください。
在嶋 アクションシーンに一番力を入れたので、「アクションが面白かった」と言っていただけるのは、本当にうれしいですね。もう一つ注目していただきたいのは、悪役です。小説や漫画、映画を見ていても、魅力的な悪役がいる作品は、やはり物語全体が面白いと感じます。そのため『逆鱗』は、「なぜ人は悪役になってしまうのか」という背景まで突き詰めて考えながら描きました。
研究者と小説家の共通点は「客観視する力」

コー メフィスト賞に応募した理由を教えてください。
在嶋 メフィスト賞は、受賞すると書籍化が決まる賞で、この「書籍化」がもっとも大きな理由です。また、歴代の受賞者の方々が長く活躍されているところにも魅力を感じました。もちろん自分自身の努力が前提ですが、長く作家として活動していくには、しっかりとサポートしていただける環境であることも大切だと考え、メフィスト賞に応募しました。
コー 応募されたとき、ご自身の中では「受賞できる」という手応えはあったのでしょうか。
在嶋 そうですね。かなり頑張って書いたので、「受賞できるんじゃないかな」という気持ちはありました。
コー メフィスト賞を選んだ理由もそうですが、お話を伺っていると、研究者らしい分析力を感じます。一方で、研究者と作家というのは、一見するとまったく違う世界にも思えます。ご自身の中では、その二つはどのようにつながっているのでしょうか。
在嶋 書いているときが、本来の自分なのだと思います。研究をしているときはもちろん研究者として向き合っていますが、小説を書いているときは、何もブレーキを踏んでいない、ありのままの自分に戻れる感覚があります。
コー 「ブレーキを踏まない」という表現が、興味深いですね。
在嶋 生活していると、「これはやってはいけない」「こうあるべきだ」というブレーキをかける場面がたくさんあります。でも、小説の世界は自由です。そこでまでブレーキを踏んでしまうと、作品まで息苦しくなってしまう。だから、小説を書くときだけは何にも縛られず、自分が思うままに、全力で書くことを大切にしています。
コー では、研究と小説で、共通する部分はあるのでしょうか。
在嶋 研究は、新しい知見を社会に還元していくものなので、小説とは役割が違うと思っています。一方で共通している部分もあります。それは「客観視する力」が求められることです。研究では、実験手法が本当に正しいのか、自分に都合よくデータを解釈していないかを、第三者の視点で見つめ直す必要があります。小説でも、「この登場人物は本当にこういう行動を取るだろうか」と、一度自分から離れて客観的に考えることが大切です。そういう意味では、研究者と小説家に求められる力は、似ているのかもしれません。
書きたいのは「ページをめくる手が止まらない」小説
第68回メフィスト賞受賞作『逆鱗』
コー 将来についてお聞かせください。5年後、10年後、ご自身はどのような姿を思い描いていますか。
在嶋 一番の願いは、作家を続けていることです。これからもたくさんの作品を書き続けたいですし、読者の皆さんに「ページをめくる手が止まらない」と思っていただけるような小説を書いていきたいと思っています。
コー 期待と同時に不安もあるのでしょうか。
在嶋 もちろんあります。作家の世界はとても厳しいので、自分にしか書けないもの、自分ならではのスタイルを早く確立しなければいけないと思っています。
コー ご自身ならではのスタイルとは、どのようなものだと考えていますか。
在嶋 編集者の方からは、アクションシーンを評価していただくことが多いので、その強みはこれからも大切にしていきたいです。また、私はまだ20代なので、自分と同じ世代の登場人物をリアルに描けることも、一つの強みになるのではないかと思っています。
コー 今後は、ハードボイルド以外のジャンルにも挑戦してみたいと考えていらっしゃいますか。
在嶋 ハードボイルドは、自分が読むのも好きなジャンルです。ただ、あまりジャンルに縛られるのも良くないと思っています。ずっと同じジャンルを書き続けていると、自分自身がジャンルに縛られてしまう気がするので。喜劇やスポーツ、恋愛など、小説にはさまざまなジャンルがありますが、それはあくまで人が分類したもの。だから、私は「ハードボイルド小説を書く」というより、「小説を書く」という気持ちで、ジャンルにとらわれず、いろいろな作品に挑戦していきたいですね。
コー 最後に、法政大学の後輩たちに向けてメッセージをお願いします。
在嶋 受験生や大学生の頃は、どうしても自分の見えている世界がすべてだと思い込んでしまいがちな時期だと思います。「大学に行くことがすべて」「人と同じことをしなければいけない」と考えてしまうこともあるかもしれません。でも、それも一つの思い込みです。私自身、小説を書き始めた頃は、周りに同じことをしている人はほとんどいませんでした。それでも、自分が信じたことを続けてきた結果が今につながっています。だからこそ、「誰もやっていないからやらない」のではなく、自分が信じたことなら恐れずに挑戦してほしいと思います。
コー 背中を押してくれるようなメッセージですね。ありがとうございます。

- 作家 在嶋 満(ありしま みつる)
2001年神奈川県出身。法政大学生命科学部卒業し、法政大学大学院理工学研究科在学中。
2025年『GEKIRIN』で第68回メフィスト賞を受賞。2026年に『逆鱗』と改題し作家デビュー。
- 法政大学 第21代総長 Diana Khor(ダイアナ・コー)
1960年香港生まれ。1983年香港大学社会学科卒業 (B.Soc.Sc.)。同大大学院社会学研究科修士課程修了(M.Phil.)、スタンフォード大学大学院社会学研究科修士課程修了(M.A.)を経て、1994年スタンフォード大学大学院社会学研究科博士課程修了 (Ph.D.)。1999年法政大学第一教養部専任講師、その後法学部教授などを経て、2008年よりグローバル教養学部教授。2021年に法政大学常務理事・副学長(2025年3月まで)、2025年3月31日より法政大学総長。専門は社会学、ジェンダー・セクシュアリティ。





