法政大学での学びを力に
将棋の魅力を広く届けていきたい。
野原 未蘭さん
勝てたときの喜びが将棋を好きになるきっかけだった
コー 本日は、法政大学キャリアデザイン学部在学中で、女流棋士として活躍されている野原未蘭さんをお迎えしています。最初にお伺いしたいのはやはり将棋のこと。野原さんは将棋のどのあたりにおもしろさを感じられているのでしょうか。
野原 将棋を覚えたばかりの頃は、とにかく勝つことが楽しかったんです。でも今は、一手一手、同じ局面が出ないという将棋の奥深さに魅力を感じています。何十局、何百局、何千局と指してきましたが、一局たりとも同じ展開になったことはありません。
コー よく質問されることかもしれませんが、野原さんは将棋のどの駒がとくに好きですか。
野原 どの駒も大切で一つも欠けてはいけないとは思っているのですが、強いて言えば飛車ですね。その駒で勝つことが多いというのもありますし、縦横無尽に動き回れるところにもロマンを感じます。
コー 将棋の対局を見ていていつも思うのですが、勝っても負けても、感情をあまり表に出せませんよね。自分の気持ちをコントロールすることは、難しくないのでしょうか。
野原 対局相手への敬意がありますので、対局中にガッツポーズのような仕草はしません。ただ、心の中ではとても嬉しく思っていて、相手が席を外し、気心の知れた仲間だけの場になると、その喜びを分かち合うこともあります。
コー そもそも将棋を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
野原 父がアマチュア三段で将棋が強かったんです。その父からルールを教わって将棋を始めたのですが、先ほどもお話しした通り、最初はとにかく勝つことが楽しくて。その頃は小さかったので気づきませんでしたが、おそらく父がわざと負けてくれていたのでしょうね。乗せるのが上手な人で、どんどん将棋にはまっていきました。
コー 小さい頃って、いろんなことに興味が移りがちだと思うのですが、そんな中で将棋が続いた理由はどこにあるのでしょうか。
野原 小さい頃は水泳や塾など、いろいろな習い事をしていました。でも、気づけば将棋に一番のめり込んでいて。振り返って考えると、自分はやっぱり「勝負」が好きなんだと思います。水泳でもタイムを競いますが、将棋の"目の前の相手に勝つ"という感覚に、特別な魅力を感じていました。勝つことが楽しくて続けるうちに、気づくと棋士になっていた、といった感覚です。
将棋を続けるには棋士になるしかないと思った

コー プロになると決意するまでには、どのようなプロセスがあったのでしょうか。
野原 中学生名人戦で女子として初めて優勝したことで、周囲から「いつ女流棋士になるの?」という期待の声をかけられるようになりました。ただ、当時は富山県に住んでいて、プロとして活動するには距離的なハードルもあり、女流棋士になるかどうかは、大学に入ってから決めようと思っていたんです。ところが高校時代にコロナ禍が訪れ、アマチュアの大会がすべて中止になってしまいました。そんななかでも日本将棋連盟のプロ棋戦だけは対局が続いていたので、「将棋を続けたいなら棋士になるしかない」と思ったのが最初です。
コー コロナ禍はそういう影響もあったんですね。
野原 このままアマチュアの大会がなくなってしまったら、モチベーションを保てなくなり、辞めてしまうかもしれないと思ったんです。私は大会で優勝したり、成績を残したりすることがモチベーションになっていたので、それを失わないためにも、プロになる決意を固めました。
コー そして高校生のときに女流棋士になり、大学は本学のキャリアデザイン学部に入学されたわけですが、この学部を選ばれた理由は何だったのでしょうか。
野原 まず、大学に進学するかどうか迷っていました。将棋の世界で生きていくなら、学歴は必ずしも必要ではありませんから。でも同時に、「将棋界の中だけで生きていいのかな」という疑問もありました。将棋界はコミュニティが狭くなりがちなので、もっと広い世界に触れたい気持ちもあったのです。そしていろいろな大学を調べていくなかで、自分のやりたいことと法政大学キャリアデザイン学部の学びが一致していると感じたこと、そして将来、女流棋士とは別の道を選ぶ可能性が出てきたときにも、この学びがきっと役立つと思えたことが、志望の理由です。
コー キャリアデザイン学部の理念には、「自己のキャリアを自らデザインできる自律的・自立的人材の養成」とありますが、将棋も、目の前の一手だけでなく、先を見据えて指すものですよね。
野原 似ているところはあるかもしれません。将棋はもちろん一局一局にかける思いは強いのですが、「この前の負けを次にどう生かすか」といったように、長い目で計画していく面もあります。そういった部分は、いま学んでいるキャリアデザインの考え方にも通じるのかなと感じます。
将棋界の発展にマーケティングの視点で貢献を

コー 現在はマーケティングのゼミで学ばれていますが、ゼミはどのように選ばれたのでしょう。
野原 棋士はスポーツ選手と違って20代や30代で引退することは少ないとはいえ、いずれ衰えはやってきます。そんなとき、私は将棋界や日本将棋連盟を支える側にも回りたいという想いがありました。だからこそ、今のうちに必要な知識を身につけたいと考え、マーケティングのゼミを選びました。
コー そんな先のことを今から考えているなんてすごいですね。
野原 あくまで将来的な話で、今はやはり「もっと強くなりたい」という想いが一番にあります。ただ、この"強くなる"というのは本当に難しいことでして。今はAIが非常に強く、私自身もAIを活用して勉強することがありますが、対戦相手が必ずしもAIのように指すわけではありません。どこまでAIを信用して取り入れるか、その見極めが必要で、そのあたりは他の仕事にも共通する部分があるように思います。
コー 野原さんの中で、強い棋士はどんな人を指すのでしょうか。
野原 もちろん「勝てる棋士」であることが大前提だと思います。ただ将棋界のトップにいる方々って、羽生善治先生や藤井聡太先生に代表されるように、人柄も本当に素晴らしいんです。そういう人たちが強い世界なので、やはり「将棋だけやっていればいい」というものではないんだなと感じますね。いろいろな世界を見て、考えていく中で、将棋も極まっていくものなのだと思います。
大学で友達と過ごす時間が何よりのリフレッシュ
コー 昨年、女流棋士が発足50周年を迎え、今年は日本将棋連盟の新会長に清水市代さんが就任されましたね。
野原 清水さんは女流棋士のレジェンドですし、その清水さんが日本将棋連盟の会長に就任されたことは、本当に素晴らしいことだと思いました。これを機に、女流棋士会がさらに良くなっていくことを期待しています。というのも、女流棋戦では産休・育休などの制度がまだ十分に整備されていない部分も多くあります。女性がトップに立つことで、そうした環境整備も進んでいってくれるとうれしいですね。
「YAMADA女流チャレンジ杯」決勝戦対局中の野原さん(2024年1月)
コー これは将棋の外側にいる立場としての率直な疑問なのですが、やはり将棋は男女を分けて競うほうがよいものなのでしょうか。
野原 スポーツのように体格差が影響するわけではないので、男女で実力差があるとはあまり感じていません。ただ、将棋界全体で見ると女性の競技人口が少ないのが現状です。とくに10代の多感な時期に、女性が奨励会という男性中心の環境に飛び込んで棋士を目指していくのは、精神的にもハードルが高く、なかなか大変だとは思います。
コー その難しさは確かにありそうです。ただ今は女流棋戦が盛り上がってきているので、今後、棋士をめざす女性が増えていくのか、ここに注目ですね。
野原 そうなんです。最近では、女流最高位の「白玲」を通算5期獲得すると、フリークラスの棋士になる権利が与えられる制度ができたので、今後女性の棋士が誕生する可能性は十分あると思います。ただ私としては、棋士と女流棋士がそれぞれ独立した良い組織として発展していけばいいとも思っています。たとえ女流棋士が棋士を目指す流れになったとしても、どちらの道を選んでも構わない。大切なのは、「女流だから弱い」「棋士だから偉い」といった考えではなく、どちらの立場も素晴らしいものとして、リスペクトを持って向き合うことが大事だと感じています。
コー 野原さんは先日、A級に昇格されましたね(2025年6月)。本当におめでとうございます。改めて今、どのような気持ちでしょうか。
野原 ありがとうございます。A級にならなければ、そのタイトルの挑戦権を1年間狙うことすらできないので、ようやくそのスタート地点に立てたのかなと思います。これまで以上に強い相手と戦っていくことになりますから、しっかり勝って、タイトルを目指せる位置まで実力を引き上げていかなくては、という気持ちでいます。
コー 大学生としては現在4年生、もうすぐ卒業ですね。本学での学びを、今後どのように活かしていきたいと考えていますか。
野原 女流棋士として、まずは対局を一番に頑張っていきたいと思っています。その一方で、将棋の普及にも力を入れていきたいので、大学で学んだことを活かしていけたらと思っています。ただ、やっぱり卒業するのは寂しいです。大学で友達に会うことが、私にとってはいいリフレッシュになっていたので。来年からどうやって気持ちを切り替えようかなと、今悩んでいるところです(笑)。
コー それは心配です。他にもリフレッシュ法があればいいのですが。
野原 一つは歩くことです。とくに負けたときは、無心でひたすら歩いています。「なんであんな手を指してしまったんだろう」など、モヤモヤを抱えたまま歩いていたら、気づけば千駄ヶ谷の将棋会館から新宿まで来ていた、なんてこともあります(笑)。でもやっぱり友達と会うのが一番です。友達はみんな将棋のことを知らないので、会うと自然とモードが切り替わるんですよ。
コー ではそんな友達たちも含めて、最後になにか伝えたいメッセージをお願いできますか。
野原 みんなが将棋について詳しくなかったからこそ、大学ではリフレッシュできたのは本当です。でも本音を言えば、もっと将棋ファンが増えてくれたらうれしいなという気持ちもあるので、「みんなもっと将棋を見てほしい」というのが、私が一番伝えたいこと。別に自分で指さなくてもいいんです。たとえば野球だって、みんながプレーしているわけじゃないのに、「大谷選手がホームランを打った」って会話が家庭で自然に出てくる。将棋もそんなふうに、日常の中に溶け込んでいく存在になれたらうれしいですし、その実現に向けて、自分にできることを精一杯がんばっていきたいと思っています。
コー 野原さんの活躍を機に、将棋ファンが増えることを私も期待しています。今日はありがとうございました。

- キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科4年 野原 未蘭(のはら みらん)
女流棋士(二段)2003年富山県生まれ。父の影響で5歳から将棋を始める。
アマチュア時代には、女流アマ名人戦3連覇、中学生名人など数々の成績を挙げた。
2020年、倉敷藤花戦にアマチュアとして出場し、ベスト8に進出。規定により女流2級の資格を得て、同年、プロデビューを果たす。2021年に女流1級、同年中に女流初段へ昇段。2024年に女流二段に昇段。2025年に白玲戦A級昇級。
- 法政大学 第21代総長 Diana Khor(ダイアナ・コー)
1960年香港生まれ。1983年香港大学社会学科卒業 (B.Soc.Sc.)。同大大学院社会学研究科修士課程修了(M.Phil.)、スタンフォード大学大学院社会学研究科修士課程修了(M.A.)を経て、1994年スタンフォード大学大学院社会学研究科博士課程修了 (Ph.D.)。1999年法政大学第一教養部専任講師、その後法学部教授などを経て、2008年よりグローバル教養学部教授。2021年に法政大学常務理事・副学長(2025年3月まで)、2025年3月31日より法政大学総長。専門は社会学、ジェンダー・セクシュアリティ。





