立ち止まる時間も、人生の一部。
小さな幸せを見つけながら、焦らず生きていこう
森野 マッシュさん
「泳ぐ」から「書く」へ。自由な環境が導いた脚本家への道
コー 本日は法政大学日本文学科を卒業され、現在は脚本家として活躍されている森野マッシュさんをお招きしています。2025年には、森野さんが脚本を手がけた映画『この夏の星を見る』の特別試写会が法政大学で開催され、大きな反響を呼びました。そんな森野さんは、在学中からすでにエンタメ業界に強い関心を抱いていたと伺っていますが、その原点となった出来事やきっかけから、お話しいただけますでしょうか。
森野 幼少期は競泳一筋。それ以外のことはほとんど考えていなかったと思います。ただ、高校1年生のときに「これ以上は難しいな」と限界を感じ、競泳の道をあきらめることになりました。そこから本を読んだり、映画を観たりする時間が増えるなかで、「そういえば自分は国語や作文が得意だったな」と、ふと思い出したんです。競泳ではプロにはなれないと悟ったこともあり、次に自分が本気で磨けそうなものは何かと考えたときに、「書くこと」を徹底的に磨いていこうと思うようになりました。
コー そうした経験を経て法政大学の日本文学科に進まれたのですね。大学生活はどのように過ごされたのでしょうか。
森野 好きなことを思いきり続けられた4年間でした。好きな本を読んだり、興味のあることに没頭したり、楽しむことをとてもポジティブに受け止めてもらえる環境だったと思います。「これって無駄なんじゃないか」と立ち止まることもなく、いろいろなことに挑戦できました。時間もたくさんあったので、単位取得に関係なく、興味がある授業にはどんどん顔を出していましたね。
コー とくに記憶に残っている授業はありますか。
森野 「美学・芸術学」の授業です。「彫刻家の仕事は、石をきれいな形に削ることではなく、石の中にある美しさをそのまま取り出すことだ」という話を先生がされていて。当時は正直ピンと来なかったのですが、脚本を書くようになって、物語もそれに近いと感じるようになったんです。人間社会や世界そのものが"石"で、その中に語るべきものがすでにある。それを無理に加工せず、すくい上げるように書きたい、という意識は、あの授業が原点だと思います。
コー 大学時代に脚本を書いたことはあったのでしょうか。
森野 映画研究会に所属し、そこで初めて脚本を書きました。先輩たちが映画を撮っている姿に惹かれて参加したものの、撮影や合宿は想像以上に大変で、「脚本なら自分にもできるかもしれない」と思い、シナリオスクールに通い始めました。その流れで、純文学を扱う根本先生のゼミにも入りましたが、最初は右も左もわからず、正直「まずい、書けない」と感じていました。ただ、小説とシナリオの両方を書く時期を経験するなかで、書くことは自分にとってそれほど苦ではないと気づいたんです。その気づきがきっかけで卒業後はコピーライターを目指そうと、広告代理店に就職しました。
「オフィスで働けない」から始まった再出発

コー 就職した広告代理店で働くなかで、ご自身が「感覚過敏」であることに気づかれたと伺いました。
森野 会社の方々も本当にいい人ばかりで、「ここでずっとやっていくんだ」と思っていました。ただ、ドアが閉まる音や電話の着信音、キーボードを打つ音などが、どうしても気になってしまって。次第にイライラすることが増え、オフィスにいるのがつらくなっていきました。「どうして自分はこんなに音に敏感なんだろう」と調べるなかで、初めて「感覚過敏」という状態があることを知ったんです。そして「どうやら私はオフィスでは働けないらしい」と理解し、退社を決めました。
コー ショックはなかったのでしょうか。
森野 仕事も会社の人たちも好きだったので、もちろん迷いはありました。ただ、その分「ここでダメなら、会社勤めは向いていないんだろう」と、どこかで腹をくくれた部分もあったと思います。そこからは「脚本家になろう」と気持ちをスパッと切り替え、東京藝術大学大学院に進学しました。
コー 大学院では、どのように学びの日々を過ごされていたのでしょうか。
森野 当時はもう必死でしたね。とにかく「何かできるようにならないといけない」という思いが強くて、「何でもいいから、私に得意なものをください!」という、前のめりな姿勢で学んでいた気がします。私はYouTubeやSNSなども、アルゴリズムに流されるまま見てしまうタイプで、自分の興味の範囲だけに閉じこもりがちなんです。でも大学院という場所は、自分では手を伸ばさなかった分野にまで強制的に触れさせてくれますから、そういう意味でもありがたい時間でした。
コー 大学院での学びでとくに大きかったものはなんでしょうか。
森野 脚本家の坂元裕二さんがゼミ生の作品を講評してくださる時間があり、ここで多くのことを学びました。当時の私は、ファンタジー寄りの、かなり突飛な脚本ばかり書いていたのですが、坂元さんから「向田邦子さんの脚本を写経しなさい」と言われたんです。「向田先生が、君の脚本を地に足のついたものにしてくれるから」と。真逆のスタイルの作品に触れることで、リズムや呼吸が整い、いいところに着地できる、そんな意図だったのだと思います。
コー 向田作品の写経で、何か変化はありましたか?
森野 効果てきめんでした。その後わりとすぐに、『ケの日のケケケ』で第47回創作テレビドラマ大賞の大賞を受賞することができたので。あの日のアドバイスをきっかけに、自分の脚本が商業作品として通用するものへと、大きく変わった感覚がありました。
脚本を書くときは「物事を決めつけない」を意識

コー 『ケの日のケケケ』も、『VRおじさんの初恋』も、森野さんが脚本を担当されたドラマはどちらも拝見しました。
森野 嬉しいです。『ケの日のケケケ』はデビュー作ということもあって、特別な思い入れがあります。コロナ禍に書いた作品なのですが、先の見えない不安のなかで、人が笑いづらくなり、日常生活そのものが滞っていくような空気を感じていました。「普通の日を、笑って過ごせること」には、実はとても大きな価値があるんじゃないかと思い、その何気ない日常を、そのまま描けるドラマを作りたいと、『ケの日のケケケ』を書きました。『VRおじさんの初恋』は、原作の漫画があったので、原作者の先生の思考回路といいますか、表現したいことにフォーカスして書いた作品です。
コー 『この夏の星を見る』で映画デビューもされましたが、この作品も辻村深月さんの原作がありますよね。
森野 昔から辻村深月さんの大ファンで、法政大学の映画研究会で「好きな作品は?」と聞かれたときも、迷わず辻村さんの名前を挙げていたほどです。ですから、『この夏の星を見る』の脚本を担当できたのは、本当に夢が叶った瞬間でした。好きすぎるあまり、最初の頃は「できるだけ変えたくない」と思っていて、原作が持つ力や伝えたいことを、ぎゅっと凝縮することに集中していました。ただ、初稿をお送りした際に辻村さんから「大切にしてくれているのは伝わったから、もっと自由にしていいよ」と言っていただいて。そこからは自分らしさみたいなものも加えながら、完成形に向けて書き上げていきました。
コー 『この夏の星を見る』に限らず、森野さんの脚本作品は、一貫して優しい印象があります。
森野 私自身は、優しいというより「ふわっとしている」のかもしれないと思っています。あまり物事を決めつけずに書くことを、大切にしているので。だからこそ、観た人も何かを押しつけられることなく、自分と近い世界にいる人たちの物語として受け取ってもらえるのではないかな、そうだったらいいな、と思っています(笑)。
脚本で表現することの楽しさを次の世代に伝えたい
コー 今日お話をさせていただいて感じたことなのですが、森野さんはすごく脚本家のお仕事が好きなんですね。
森野 大好きです。書き続けることができれば、それが私の幸せです。私はずっと、どこか個人として生きている感覚が強くて、集団に属するのが得意なタイプではありませんでした。でも脚本家という仕事は、書いている時間は一人でいられる一方で、作品として世に出るときには、大きなチームの一員になれる。多くの人と一つのものをつくり、観客に届けられる。そのあり方が、自分の生き方にとてもフィットしていて、いつも嬉しく感じています。
コー 脚本家を続けること以外にやりたいことや目標はありますか。
森野 これはいろいろな場で話しているのですが、できることなら、いつか法政大学に戻って教えることができたらと思っています。私が伝えたいのは、脚本の高度な技術というよりも、「脚本って案外、気楽に書けるんだよ」ということ。小説よりもシーン単位でさっと書けて、忘れたくない景色を写真のように残しておける。そうして書き溜めたものが、いつか自分が困ったときの助けになることもある。そんなふうに、「脚本も表現の選択肢のひとつだよ」と伝えられたらいいなと思っています。
コー 今からでもワークショップなどで企画すると喜ばれそうですね。
森野 今やるにはまだ少し早いかもしれません。というのも、自分自身、まだまだ上手くなれる余地があると思っているんです。今はとにかく、さまざまなお仕事を通して多くの物語を書き、経験を積んでいる段階。「ここはもう、人に伝えられる」と自分で納得できるところまで来たら、少しずつ教えることにも挑戦したい。今のところは壮大な野望です。
コー 最後に、後輩たちや若い世代に向けて何かメッセージをいただけますでしょうか。
森野 私自身、水泳をやめて次の道に進むまで、長く立ち止まっていた感覚がありました。ただ、悩んで答えを出していたというより、「これならできそう」と、無理なく進める道を探っていた感じです。私はもともと、幸せの基準が低いほうで、ただ生きて、楽しいことを見つけられたら、それでいいと思っています。何かを達成しないと幸せになれないと考えてしまうと、人生は苦しくなる気がして。だから、何もできないと感じる期間こそ、「小さな幸せ」を探す時間にしてもいいんじゃないかなと思います。若いうちは焦ってもすぐに答えは出ないので、つらさも抱えたまま、流れに身を任せて、自分が行けそうなほうへ進めばいい、私はそう思っています。
コー 同感です。私も、完璧な一杯のお茶を入れることのような、日常のささやかな瞬間に幸せを見いだしています。。こうした「小さな幸せ」で自分を癒す習慣は、若いうちから身につけておくといいですよね。日常のなかで、やさしくメンタルを育てていくというか。『ケの日のケケケ』をつねに心に、という感じですね。
森野 まさに、そういう思いを込めてつけたタイトルでもあるので、そう言っていただけて本当に嬉しいです。

- 脚本家 森野 マッシュ(もりの まっしゅ)
1996年埼玉県生まれ、法政大学文学部日本文学科を卒業。根本昌夫先生の元で小説を学ぶ。
広告代理店勤務を経て、東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域を修了。『FIN』にて第47回城戸賞最終選考選出。
2022年に『ケの日のケケケ』が第47回創作テレビドラマ大賞にて大賞を受賞、2024年に放送された。近年は読売テレビ「親友の「同棲して」に「うん」て言うまで」、NHK「VRおじさんの初恋」などの脚本を務める。さらに、映画『この夏の星を見る』で映画デビューを果たす。
- 法政大学 第21代総長 Diana Khor(ダイアナ・コー)
1960年香港生まれ。1983年香港大学社会学科卒業 (B.Soc.Sc.)。同大大学院社会学研究科修士課程修了(M.Phil.)、スタンフォード大学大学院社会学研究科修士課程修了(M.A.)を経て、1994年スタンフォード大学大学院社会学研究科博士課程修了 (Ph.D.)。1999年法政大学第一教養部専任講師、その後法学部教授などを経て、2008年よりグローバル教養学部教授。2021年に法政大学常務理事・副学長(2025年3月まで)、2025年3月31日より法政大学総長。専門は社会学、ジェンダー・セクシュアリティ。





