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決めたことを貫き通す。
その過程で人は磨かれていく

成田 洋一さん成田 洋一さん

「外の世界が見たい」を原動力に秋田から東京へ

コー 本日はキャンパスを飛び出し、映画監督・成田洋一さんのご自宅をお訪ねしました。法政大学文学部を卒業後、主にCMディレクターとして活躍され、近年では映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』で第47回日本アカデミー賞 優秀監督賞を受賞されるなど、映画監督としても注目を集めている成田さん。まずはどんな幼少時代を過ごしたのか、バックグラウンドからお話いただけますか。

成田 秋田県秋田市で生まれ育ちました。両親はともに公務員で、いわゆる"堅実な家庭"で、教育方針も厳格でした。洋服やお菓子は母の手作りが基本。今振り返ると、そこまで徹底できるのはすごいなと思う反面、当時の私は少し窮屈に感じていました。

コー 東京の大学を選んだ背景には、その環境から少し距離を置きたいという気持ちもあったのかもしれませんね。実際に法政大学で過ごした学生時代はいかがでしたか?

成田 恥ずかしながら、勉強はほとんどしていません(笑)。それくらい、東京での学生生活が楽しかったんです。テニスサークルを自分で立ち上げたり、ファッションが好きだったのでアイビールックに身を包んで街を歩いたり。映画研究会にも所属していて、仲間にカメラマンや役者を頼んで、長編映画も一本撮りました。完成した映画は、出来栄えとしてはお世辞にも良いとは言えませんでしたが、自分にとってはまさに青春の一ページとして、強く記憶に残っています。

コー 学業はさておき(笑)、大学生活を全身で楽しんでいるのが伝わってきますね。そうした多彩な経験の一つひとつが、成田さん自身の成長につながったのではないでしょうか。

成田 法政大学の学生は、素直でニュートラルな感性を持っている人が多いと感じます。その分、吸収力のある器を備えていて、在学中に大きく成長する学生が多いのが特徴です。そして、そうした変化を後押しする環境が法政には整っていますよね。職員のサポートも手厚く、学部の垣根を越えて多様な学びができる仕組みもあり、選択肢も非常に豊かです。失敗を恐れず挑戦できる空気があり、主体性を育てる場として、日本の大学の中でもとくに「成長できる大学」だと思います。

積み重ねた試行錯誤が、いざというときの武器になる

コー 卒業後は、映像制作会社に入社されたそうですね。

成田 主にモーターショー向けの映像制作に携わっていました。ラリーの撮影で海外を飛び回る、刺激的な日々を過ごしました。現地では、好奇心にまかせて怪しげな市場で買い物をしたり、まるで冒険のような経験の連続。気づけば7年間、走り続けるように仕事に没頭していました。

コー その後、転職や独立を経てCMディレクターとして活躍されるわけですが、それまでのご経験が活きたと感じる場面はありましたか?

成田 7年間にわたって、車やバイク、そしてそれに関わる人々をリアルに追い続けていたので、人間の演技を"演出する"という経験がほとんどなかったんです。いざCMディレクターになっても、芝居がかった表現にはどうしても抵抗があって、生々しいドキュメンタリーのような演出を求めてしまうところがありました。ですが、それが結果的に、15秒や30秒という短い時間で人の心をつかむCMづくりにつながっていた気がします。

コー 一方でCMの世界で成長した部分はありますか?

成田 最初のうちは、自分の作品づくりの延長のような感覚で取り組んでいたのですが、途中で「これは違うな」と気づきました。企業の担当者って、必ずしも映像のプロではなくて、たまたまその部署に配属された人が、大きな責任を背負わされているわけです。だからこそ、「この人の努力に応えたい」「この会社、この人のためにつくろう」と思ったんですよね。その人が喜んで、商品が世の中で役立ち、会社が潤う。そんなふうに、関わるすべての人がハッピーになれるのが、CMの理想形なんじゃないかと思うようになりました。

コー その転機の前後で、作品づくりへの姿勢に変化はありましたか?

成田 ありましたね。「上の部長がこう言っていまして......」みたいな、ちょっとネガティブな注文が来ても、すぐに承諾できるようになりました。以前なら戦っていたかもしれない場面でも、後半は「OK!じゃあ、これはどうですか?」と、すぐに代案を出せるようになっていて。後半になるほどフレキシブルに動けるようになっていきました。ただ、それができたのは、それまでにいろんな経験を積んで、引き出しが増えていたから。最初の頃に、自分の作品づくりにこだわって試行錯誤していた時間も、自分の中に知見として蓄積されていたのでしょう。

コー 理不尽な意見や、誰かのミスでトラブルが起きたときでも、怒ったりしないんですか?

成田 怒らないですね。トラブルが起きた瞬間に、まず「どうやって解決しようか」と頭がそっちに切り替わります。監督って、最終的にすべての責任を負う立場じゃないですか。「こんなトラブルがあって、こういう仕上がりになりました」なんて、世の中の誰も聞いてくれない。ただ流れたCMを見て、「なんかイマイチだな」と思われて終わり。それが本当にイヤなんですよ。「やっぱり成田さんのCMはすごい」って思われたい。そのためには、怒っている暇なんてありませんでした。

アカデミー賞 優秀賞の裏にあった監督としての孤独

コー そしていよいよ2021年公開の『光を追いかけて』で映画監督としてデビューされるわけですね。どうですか。CMの世界とは違いましたか?

成田 まったく違いました。脚本の作り方一つとってもCMと映画ではまったく違うので、脚本会議ではかなり厳しく指摘されました。何度も書き直しては出し、また直して......正直、根性で食らいついていた感じです。でも、そうやって続けていくうちに少しずつリズムがつかめてきて、後半は楽しく取り組めるようになりました。最終的にはいくつかの国際映画祭に招待いただけて、ようやくホッとした、というのが正直なところです。

コー 2本目の『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の撮影も大変だったのでしょうか?

成田 2本目の作品は、とにかく時間がなくて、1本目以上に大変でした。生まれて初めて「撮影現場に行きたくない」と思ったくらいです。それでも毎日現場に向かえたのは、モニターに映る映像が本当に素晴らしかったから。役者の芝居も、ライティングも、カメラワークも、すべてが想像以上で、「自分の実力を超えている」と、カットを重ねるたびに実感していました。ただ夜は「これはいい映画になる」と思って眠るのに、朝になるとまた「行きたくないな......」という繰り返しでした(笑)。

コー 私も総長として、少しお気持ちが分かる気がします。責任者という立場は、どうしても孤独になりますよね。

成田 そう、孤独なんですよ。でも今回は、「若い人たちに、戦争は絶対にしてはいけないということを、生々しく伝える」というゴールだけは最初からはっきり決めていたので、大変でも、そこに向かって進み続けました。仕上がった作品を見たときは、「自分の思い描いていた形にかなり近づけたな」と感じましたね。

コー アカデミー賞をはじめたくさんの賞も受賞されましたよね。

成田 試写会での反応がよかったので、ある程度のヒットは予想していましたが、まさかアカデミー賞まで受賞できるとは思っていませんでした。ただ、僕自身は映画を撮るからには「賞を狙う」と決めて取り組んでいるので、うれしい驚きでした。もう一つの目標は、観た人の心に深く残り、勇気づけられる作品を届けること。理想は、観終わったあと、観客がすぐに席を立てないような状態になることです。心に刺さって、自分の中の"まだ言葉にならないもの"に向き合うような余韻を残したい。とくに2本目の作品では、その想いを強く意識して制作に臨みました。

「映像塾」で子ども達の成長を感じる瞬間がやりがい

コー 『光を追いかけて』と『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』、どちらも拝見しましたが、共通して「未来は自分で切り拓いていくものだ」というメッセージを感じました。

成田 ありがとうございます。私自身、「他人のせいにしてはいけない」という思いをずっと持っているので、そういった信念が作品にもにじみ出たのかもしれません。とくに『光を追いかけて』における"光"というのは、自分の中にある希望や信念の象徴。それを追いかけ、実現できれば、自分自身もまた誰かを照らす存在になれる。そんなふうに、一人ひとりの行動によって、世の中が少しずつ変わっていくと信じています。

コー 今のお話を聞いて、プロジェクトチーム「LifeGUARD」の主宰や、町づくりプロジェクト、中高生向けの映像塾など、さまざまな活動の原点が少しわかったような気がします。

成田 本当にその通りで、たとえば撮影でお世話になった秋田県井川町への恩返しの思いから、「自分が動かなくては」と行動するうちに、自然と活動の幅が広がっていきました。なかでも映像塾の講師には、強いやりがいを感じています。CMの企画から撮影、編集までを約1週間で体験してもらうのですが、子どもたちが本当に成長するんですよ。これまでに4回やりましたが、毎回「やってよかった」と心から思いますし、自治体や学校の担当者も「こんなに変わるとは」と喜んでくれています。映像って、そういうパワーを持っているのだと、あらためて実感しますね。

コー 最後に、これを読んでいる学生や卒業生に、何かメッセージをお願いします。

成田 「人に誠実である前に、自分に誠実であれ」ですかね。自分で決めたことは、何があってもやり抜く。たとえば、以前「フルマラソンで4時間を切る」と決めて、100日間ほぼ毎日10キロ走ると課していたことがありました。深夜2時に撮影から帰ってきて、「走りたくない」と思うことも当然ありましたが、「お前が決めたことだろ」と自分を奮い立たせて走り出すんです。結果、98日間は走りきり、マラソンも4時間を切れました。ただ4時間を切れたこと以上に、「決めたことをやり抜いた」という事実が、大きな自信になったので、そういう"自分との約束"を守る経験って、すごく大切だと思っています。

コー 私も昨年末に「除夜の鐘」にならって、25メートルを108本泳ぐチャレンジをしました。泳いでいる最中はきついですが、終わった後は気持ちいいんですよね。

成田 運動っていいですよね。気持ちいいし、身体も整ってくる。私も今でもジムに通っています。外見を理想に近づけておくと、それだけで自信にもなる。映像の仕事って人と会う機会も多いので、印象って大事なんですよね。もちろん行きたくない日もありますよ。「なんで俺、監督なのに筋トレしているんだ?」って思う日も(笑)。でもやっぱり、自分に誠実であるために、決めたことはやる。身体を鍛えることで、心も鍛えているのかもしれませんね。

コー これからも一緒に、仕事も運動も頑張りましょう。今日はありがとうございました。


CMディレクター、映画監督 成田 洋一(なりた よういち)

1960年秋田県生まれ、法政大学文学部英文学科卒業後、映像の世界へ。1990年に東洋シネマに入社し、その後フリーランスとして活動。
CMディレクターとして600本以上の作品を手がけ。ACCをはじめ国内外で多数の受賞歴を持つ。
近年は映画監督としても注目を集め、初監督作品『光を追いかけて』は複数の海外国際映画祭に招待された。
2023年公開の映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』では、第47回日本アカデミー賞 優秀監督賞・優秀脚本賞を受賞。2025年3月より、法政大学評議員。

法政大学 第21代総長 Diana Khor(ダイアナ・コー)

1960年香港生まれ。1983年香港大学社会学科卒業 (B.Soc.Sc.)。同大大学院社会学研究科修士課程修了(M.Phil.)、スタンフォード大学大学院社会学研究科修士課程修了(M.A.)を経て、1994年スタンフォード大学大学院社会学研究科博士課程修了 (Ph.D.)。1999年法政大学第一教養部専任講師、その後法学部教授などを経て、2008年よりグローバル教養学部教授。2021年に法政大学常務理事・副学長(2025年3月まで)、2025年3月31日より法政大学総長。専門は社会学、ジェンダー・セクシュアリティ。