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変化を恐れずに一歩踏み出そう
その先にはきっと、想像以上の自分がいる

温 又柔さん温 又柔さん

「もし、〇〇だったら」の空想が創作活動の原点

コー 本日は、法政大学国際文化学部を卒業され、作家としてご活躍中の温又柔さんをお招きしています。台湾・台北市で生まれ、3歳から東京で暮らす温さん。私自身とも共通点が多くありそうで、今日はお話しできるのを楽しみにしていました。今年は2冊の本を出版されましたね。

温 『煌めくポリフォニー 私の母語たち』(岩波書店)は、一年分の連載と講演録や同じ時期に別の場所で発表したエッセイをまとめた一冊です。私はデビュー以来ずっと、「日本語は日本人だけのものではなく、私のように台湾にルーツを持つ人のものでもある」と書き続けてきました。この本でも、それが具体的にどういうことなのか、日本と台湾の言葉と自分がどんなふうに向き合ってきたかを書いています。副題の「私の母語たち」と複数形にしたのは、コー先生にきっと共感していただけると思っていました。

コー 私たちのように多様なルーツを持つ者からすると、「母語」は一つに決められるものではありませんからね。その感覚にはとても共感します。

温 『煌めく~』は、自分にとっての言葉とは何かということをめぐって書きましたが、『恋恋往時』(集英社)ではまったく同じテーマを小説というかたちで表現しています。『煌めく~』が、幼少期を含む私自身の言語体験について頭を働かせながら書いた本だとすると、『恋恋往時』の方は心を動かしながら書いたなという感じがありますね。

コー 私は研究者のため、どうしてもエビデンスやデータを集めて論理的に考えることが中心になります。だからこそ、理論の先にある創作活動にとても興味があります。温さんにとって、創作とはどういうものでしょうか。

温 私は子どもの頃から、空想することが好きでした。3歳で日本に来て、東京で暮らすようになり、小学校ではまわりがほぼ全員日本人という環境の中で、「私だけ実は台湾人なんだ」というのが、ちょっと嬉しい秘密でした。それでよく、今の自分は友達から「ゆうじゅうちゃん」って呼ばれているけれど、台湾で育っていたら「ヨーロー」って呼ばれていたのかな? なんて思ってて。そういう現実味を帯びた空想がいつも楽しくて。この「もし私が台湾で育っていたら」と想像すること、それが私の創作の原点になっているように思います。

日本語ではすくいきれない感情や風景を小説で伝える

コー 温さんは「日本語」についてはどのように感じているのでしょうか。

温 子どもの頃は日本語の方がずっと得意で、自分が台湾人であることを忘れそうになるくらいでした。だから「日本語と自分」の関係は、いわゆる日本の子どもたちと同じように、とても安定したものでした。でも同時に、「日本語を母国語と呼んでいいのだろうか?」「日本人は認めてくれるだろうか?」という迷いも常にありました。国籍では外国人として扱われるのに、日本語との結びつきは日本人と同じくらい深い。そうしたギャップをずっと抱えていました。

コー 社会学の入門の授業では、「文化は多次元であり、その重要な構成要素の一つが言語である」と学生に教えますが、温さんは文化と言語の関係について、どのようにお考えですか?

温 私は、物事を考えるときは日本語を杖にしている感覚があります。でも、日本語で経験しなかった頃や、日本語と出会う以前の記憶を日本語で表そうとすると、どうしてもすくいきれない部分が出てきます。日本語だけでは、自分の世界を十分に表せないもどかしさみたいなものが常に付きまとうんですね。でも、かえってこのもどかしさこそが、自分が小説を書くエネルギーになっている気がします。

コー すごくよく分かります。私も、英語と広東語を使いながら、読むのは中国語という生活をしてきたのですが、どの言語でも「足りない」「表現しきれない」と感じる瞬間があるんですよね。例えば、ちょっと恥ずかしいことは英語の方が素直に言えたりして、言語ごとに使い分けているところもあります。本当かどうか分かりませんが、私たちのように一つの言語で育っていない人は、ジェスチャーが多いという話を聞いたことがあります。

温 私もよくジェスチャーが多いと言われます! 言葉で拾えないところを見ぶりで補足しようとしているのかもしれませんね。

コー 私たちの場合、黙っていると日本人に見えるというのも良し悪しですよね。アメリカだと、たとえアメリカで生まれたとしてもアジア人は外国人扱いになるじゃないですか。

温 私も日本では、ほぼ100%日本人に思われますね。外国人扱いされにくい、という意味で、ナニジンであろうとあなたと同じだよ、と言ってくれる人もいますが、あなたは名前さえ言わなきゃ日本人にしか見えないから安心しなよ、と言われちゃうと、なんか違うなって。外国人扱いはされたくないけれど、だからと言って私は、自分の中の「非日本人っぽさ」を抹消してまで日本人に「同化」したいわけではない。とまあ、日本人に見えてしまう日本の外国人としての困惑はずっとありますね。

「いいね」と承認されない経験が自分を支える自信になる

コー 以前、温さんが田中元総長との対談の中で、「大学時代に、自分の経験を客観的に言語化する力を磨いた」とお話しされていて、とても興味深く拝見しました。

温 大学時代は、「自分の感覚や感性を言語化する訓練」の時間だったなと、今振り返ると思います。新しい概念を学ぶたびに、自分の境遇や自分が置かれた状況を説明するための言葉を見つけていったというのか。例えば、言語学の授業で「ピジン」「クレオール」といった用語を知ったときは、自分の母親もそうなのか、と思いました。私の母は、カタコトの日本語に台湾語や中国語を混ぜて話すので(笑)。でも母だけが特別なのではなく、複数の言語を行き来しながら生きる人たちって、この世界を見渡せばたくさんいるんだなあと気づいたりして。

コー アメリカで出会ったハワイ出身の学生が「ハワイの英語はピジンだ」と言っていたのを思い出しました。英語といっても、地域によってそれぞれ特有のスタイルがあって、いわゆる「標準語」ではないとされることがある。「標準語」とそれ以外には妙な力関係があるんですよね。

温 私は、「正しい言葉」と言いたがる人のことは警戒します。子どもの頃に、あなたの日本語に変なところがあるのは親が外国人のせいね、と言われた時の恥ずかしさと恨みを引きずっているんですよね(苦笑)。例えば、「正しい英語はイギリス英語」なんて言う日本人に出会うこともありますが、私はそういう考えが本当に苦手です。そもそも、日本人の英語がイギリス人とまったく同じになることなんてあり得ません。だったら、自分自身の言葉で話してほしい。どこかにある「正しさ」という幻を権威にして偉そうなことを言うよりも、自分のむき出しの心を、自分の言葉で表現してほしいとずっと思っています。

コー 私が法政大学で教え始めた1996年頃は、「完璧な英語を話したい」といった志向の学生が多かったように思います。でも最近は、「とりあえず伝わればいい」というスタンスの学生が増えていて、「完璧な英語」への執着は薄れてきているように感じます。一方で、SNSの影響なのか、「多くを語る」よりも「コンパクトに伝える」ことに重きが置かれ、言葉を使って深く思考したり、丁寧に表現したりする機会が減っているのではないかと、少し懸念もしています。

温 SNSって、短い強い言葉を放てば、何かを「言えた」気分がすぐに味わえます。でも、その一言ではすくいきれなかった感情や思考は、きっと心の中でくすぶり続けていると思うんです。そういう短くてわかりやすい言葉にばかり依存していると、自分の中にある、本来ならもっと複雑で豊かな感情や感覚からもどんどん遠ざかってしまいます。

コー 言語とは少し分野が違いますが、「SNSを使えば使うほど不幸感が強まる」という研究を見たことがあります。誰かとつながっているようでいて、実は孤独を深めているのかもしれません。

温 SNSは、一見、とても手軽に承認欲求が満たせるというのも罠ですよね。だからこそ、特に十代や二十代の若い方々には、他者からの承認を「拒む」愉快さも知ってほしいなって思います。ものすごく面白い、好きなものと出会って、自分がそれを面白いとか好きとか感じ入る喜びを一度でも知ったら、他人から「いいね」と言われることなんか一気にどうでもよくなるんですよ(笑)。だから、「いいね」をつけてもらうために自分の本当の感情をないがしろにするよりは、「いいね」と自分が心底言いたくなるものをどんどん探しに行く方が楽しいんじゃないかなって。

「今が壊れること」「自分が変わること」を怖がらないで

コー 温さんとこうしてお話ししていると、やはり多文化に触れる経験はとても大切だと感じます。ただ法政大学の学生にアンケートをとってみると「留学に興味がある」と答えた学生は意外と少なくて、25%ほど。この傾向を温さんはどのようにお考えになりますか。

温 白状すると私も、75%側の学生の気持ちがよくわかるんですよね。実際、SAプログラムで上海留学した時も、日本国内にいた頃はそこそこできたつもりの中国語が現地では思うように通じなかったり、些細な文化の違いからくるストレスに疲れ果てて、「やっぱり日本にいる方が楽だなあ」と思ったりして......

コー 確かに多文化に触れた時、きれいごとだけじゃなく、戸惑いや葛藤もありますよね。

温 そうなんです。自分が当たり前だと思っていることが、まったく通用しない場所に行って、一から積み上げていくのは、とても大変です。でも、逆に言えば、自分にとっての当たり前が、他の誰かにとっては全然当たり前ではないんだな、と突きつけられることってすごく面白いことでもあるんですよね。新しい視点も獲得できるし。そう思うと、日本国内しか知らなかった頃と比べると、上海に行ったおかげで、私の「世界」は確実に豊かになりました。だから留学に行っておいてよかったなって。私みたいな小心者でも何とかなったから、今の大学生たちにも、あまり怖がらないで大丈夫だよと伝えたい。

コー 今の「怖がらないで大丈夫」も素敵なメッセージだと思いますが、他に後輩たちに伝えたいことはありますか?

温 多文化に触れることもそうですが、「自分が変わること」も、怖がらないでほしいです。知らない世界に出会えば、それまでの自分とは違う何かになってしまうかもしれない。その変化を恐れず、面白がってほしいんです。世界って多彩だし、その多彩さに触れることによって、自分の中に眠る未知の自分が目覚めて、「前よりもなんか楽しい!」となったことがある私としては、そう思いますね。


小説家 温 又柔(おん ゆうじゅう)

1980年、台北市生まれ。両親とも台湾人。幼少時に来日し、東京で成長する。1999年、国際文化学部の第1期生として法政大学に入学。2006年、法政大学大学院・国際文化専攻修士課程修了。2009 年、「好去好来歌」で第33回すばる文学賞佳作を受賞しデビュー。2016 年、『台湾生まれ 日本語育ち』で第64回日本エッセイスト・クラブ賞受賞。2020年、『魯肉飯のさえずり』で第37回織田作之助賞受賞。著書に『来福の家』『真ん中の子どもたち』『空港時光』『永遠年軽』『祝宴』『煌めくポリフォニー わたしの母語たち』、木村友祐との往復書簡『私とあなたのあいだ― ―いま、この国で生きるということ』、編著に『李良枝セレクション』など。

法政大学 第21代総長 Diana Khor(ダイアナ・コー)

1960年香港生まれ。1983年香港大学社会学科卒業 (B.Soc.Sc.)。同大大学院社会学研究科修士課程修了(M.Phil.)、スタンフォード大学大学院社会学研究科修士課程修了(M.A.)を経て、1994年スタンフォード大学大学院社会学研究科博士課程修了 (Ph.D.)。1999年法政大学第一教養部専任講師、その後法学部教授などを経て、2008年よりグローバル教養学部教授。2021年に法政大学常務理事・副学長(2025年3月まで)、2025年3月31日より法政大学総長。専門は社会学、ジェンダー・セクシュアリティ。