スポーツを取り巻く現状~スポーツ傷害とその予防への取り組み~
スポーツ健康学部スポーツ健康学科 瀬戸 宏明 教授
瀬戸 宏明教授
2021年の東京オリンピックが終わってなお、スポーツへの関心は老若男女を問わず高まっています。それは、2022年が北京オリンピックやサッカーのW杯などスポーツイベントがめじろ押しの年ということもありますが、現代社会の特性も無視できません。
コロナ禍が長引く現在、ソーシャルディスタンスやリモートワークに代表されるステイホームの継続により、仕事とプライベートの区別が難しくなっています。そのため、ストレスの蓄積がコロナ禍以前より増加傾向にあり、また1日の平均歩数が3000歩未満という人も少なからず存在する(コロナ禍以前の1日平均歩数は男性が7243歩、女性が6431歩)との報告もあるほど、運動不足が問題視されています。スポーツを行うことは、肥満に代表される身体の形態、呼吸循環といった生理機能やバランス機能などを改善するだけではなく、心の健康の促進・維持においても大きな役割を果たすといわれています。実際に厚生労働省も、「健康日本21」という政策の中で「休養・こころの健康」の強化を図っています。
そうした心身育成や健康寿命の増進というメリットがある半面、スポーツによる傷害の件数も増加しています。スポーツを行うことにより残念ながら「けが」をしてしまった場合は、もちろん治療が必要になります。ちなみにスポーツ医学では、ねんざや打撲など外から加わる強い力によるけがをスポーツ外傷、関節痛や疲労骨折など身体を使い過ぎて起こるものをスポーツ障害と言い、それらスポーツによるけがの総称をスポーツ傷害としています。
スポーツ傷害が引き起こすもの
さてスポーツ傷害からの復帰においては、復帰までの期間や費用などさまざまな問題があります。以前は感じなかった「不具合」を感じるというのもその一つです。スポーツといってもトップアスリートからレクリエーションまでレベルはさまざまですが、その「不具合」を感じるのはすべてに当てはまると思います。
例えば、膝の軟骨を痛めてしまった後の痛みや変形(変形性関節症)、足関節をひねってしまった後に続く痛みやその後に繰り返すねんざ(足関節捻挫後遺症)、けがへの恐怖心など「不具合」の内容は多種多様です。それが原因で元の競技レベルに戻れない、戻っても成績が安定しない、スポーツに対する意欲がなくなるなどの状況を招く可能性もあります。トップアスリートや社会人はもちろんですが、学生がスポーツを行えなくなると、心身の成長に大きな影響が出ることは容易に想像できます。また例えば糖尿病の治療のために行ってきたスポーツができなくなれば、糖尿病のコントロールに大きな影響を与えることになります。
保存的な治療や手術方法など、スポーツ傷害の治療面は日々進歩しています。しかし当たり前のことですが、そもそもスポーツ傷害が起こらなければ、そうした「不具合」は生じません。つまりスポーツ傷害を未然に防ぐ=予防がある意味最大の治療ともいえるかもしれません。避けようのないスポーツ傷害も存在すると思いますが、スポーツを長く行うことや健康維持を考えた場合、予防や治療など多面的な取り組みが必要になってくると思われます。
スポーツへ積極的に取り組む大学で学んだ影響か、医師になって数年後にスポーツ医学に関わるようになり、気付けば20年以上スポーツ傷害を診察しています。赴任先の上司の勧めでプロサッカークラブのチームドクターの末席に加えていただいたのが発端で、加入直後に1人の選手の離脱がチームにどれだけ大きい影響を及ぼすかを目の当たりにしたのを今でも鮮明に覚えています。その後、現在に至るまでいろいろなチームや個人アスリートをサポートしてきました。
選手たちと深く関わるにつれ、日常生活なら骨が癒合※してしまえばさほどの支障にならないような骨折でも、スポーツ選手の場合は元のコンディションに戻るのに離脱期間以上に長い時間がかかるという状況を何度も経験しました。学生なら限られた時間を消費してしまいますし、プロであれば収入など生活にも影響が出かねません。さらに、スポーツ傷害後の「不具合」がスポーツのパフォーマンスに多大な影響を与える場合も少なくありません。
傷害予防への取り組み
治療に加えて予防にも興味を持つようになり、運動器傷害の予防を研究テーマの一つとしています。なかでも、第5中足骨の疲労骨折を予防するための検診を積極的に行っています。第5中足骨というのは、足の甲の一番小指側にある骨で、その疲労骨折は、1902年にSirRobert Jones 博士が発表したことからジョーンズ骨折とも呼ばれています。
ジョーンズ骨折は代表的な疲労骨折の一つであり、一度発症するとスポーツ復帰まで数カ月かかり、手術となることもまれではありません。大腿骨や上腕骨などと比較すると小さな骨であるにもかかわらず、その疲労骨折が競技からの離脱につながってしまうことに関心を持ち、研究をしていました。そこへジョーンズ骨折研究会が立ち上がり、その中でジョーンズ骨折検診というものが提案されました。多くの仲間と共に私もそれに参加し、現在に至ります。
このジョーンズ骨折検診は、疾患についての説明後に、機器などを使用してチェックを行い、その後個別に必要事項をフィードバックするという形式で行います。法政大学の体育会にも私がサポートしている団体がいくつかあり、この検診を取り入れる前は悪化して手術となるケースも多く見られました。しかし検診を取り入れて5年以上経過した現在では、手術に至る疲労骨折はほぼ見られなくなりました。最初はあまり認知されていなかったジョーンズ骨折も選手たちに理解されてきて、予防への取り組みもスタッフの指導の下に浸透してきているようです。これもスタッフの理解があったからこそと感謝しています。
多くの人がスポーツを楽しめるように
ここに示したのはほんの一例にすぎません。例えばスポーツ健康学部では毎年、学部の新入生や体育会各部を対象としたメディカルチェックを行うなど、多くの予防に関する取り組みを実施しています。また大学では、傷害予防を十分に理解してもらえるような授業に取り組んでいるところです。このような取り組みによって、多くの人がけがをすることなく、楽しくスポーツを行う一助になれば幸いです。
※癒合 骨折した骨がくっつくこと
(初出:広報誌『法政』2022年4月号)
- スポーツ健康学部スポーツ健康学科 瀬戸 宏明
Seto Hiroaki
1994年3月順天堂大学医学部卒業、同大学医学部整形外科に入局し、2004年12月博士号取得。2018年4月より法政大学スポーツ健康学部准教授、2022年4月より現職。専門分野は膝関節外科、スポーツ医学。論文に「大学サッカー部に対するJones骨折検診の経験」(2019年、法政大学スポーツ健康学研究)、「女子バスケットボール選手のリバウンド動作時における下肢キネマティクス」(2021年、日本臨床スポーツ医学会誌)など。
人気記事
<教員・研究紹介>新着記事
<教員・研究紹介>
バックナンバー
全ての記事を見る▼
NEWS
- 2026.9.2 第11回法政大学日本語スピーチコンテスト(ベトナム)の入賞者が本学を訪問しました
- 2026.9.2 HOSEIミュージアム2026年度特別展示「台湾人学生がみたモダン都市・東京 ―鄧南光と法政大学の1930年代―」
- 2026.8.28 熊本地震災害に伴う現地ボランティア活動の自粛について(要請)
- 2026.8.27 経済学部 友松夕香教授が「2026年度(第41回)大同生命地域研究奨励賞」を受賞
- 2026.8.21 【HSC】秋の東京六大学野球 統一応援日(9月20日)のお知らせ
- 2026.8.21 法政大学関係者のアジア競技大会・アジアパラ競技大会(2026/愛知・名古屋)出場情報
- 2026.8.3 総長の出会いメモ「教員だからといって、すべてを知っていると思い込んではいけない」GIS ジョン・メルヴィン先生を訪ねて
- 2026.8.3 法政大学が難民の背景を持つ学生の受け入れを2027年度から開始
- 2026.7.27 公益財団法人パスウェイズ・ジャパンと協定を締結し、教育を通じた難民受け入れを推進します
- 2026.7.22 理工学研究科の在学生と教員がThe 40-th International Technical Conference on Circuits/Systems, Computers and Communications でBest Paper Awardsを受賞
- 2026.7.21 【開催告知】シンポジウム「江戸東京のトポグラフィー‐都市誌を描く試み」
- 2026.7.17 2026年度 夏季休業期間中の建物開館時間について
- 2026.7.16 情報科学研究科の在学生がThe Best Presentation Awardを受賞
- 2026.7.16 2026年春学期防災訓練を実施しました(3キャンパス同日実施)
- 2026.6.29 FIFAワールドカップ2026パブリックビューイングを開催しました
- 2026.6.26 2027年4月入学希望者対象 チャレンジ法政奨学金について
- 2026.6.25 学校法人法政大学の2025年度決算を公開しました
- 2026.6.24 法政大学ボクシング部による総長への戦績報告会がありました
- 2026.6.22 本学卒業生の上田綺世選手がFIFAワールドカップ2026で日本選手初の1試合2得点を達成!
- 2026.6.16 欧州留学フェア2026を開催しました
- 2026.6.16 「Tokyo Pride 2026」に法政大学が出展しました
- 2026.5.27 祈りの場所(Prayer Space)を設置しました
- 2026.5.26 DEIセンターの3キャンパス展開を開始しました
- 2026.5.14 島野智之教授がブータン王国 農業畜産省大臣を訪問 ーブータン自然史博物館の設立に向けた国際協力プロジェクトが始動-
- 2026.5.13 【法政大学】2026年 法政大学入学式(動画)
- 2026.5.12 『法政大学院 入学案内2027』を発行しました
- 2026.5.11 酸素極小層から深海まで続くマンガン酸化の実態を解明
- 2026.5.8 アカハライモリのフグ毒はササラダニに由来していた ―陸上での毒獲得経路を初めて解明―
- 2026.5.7 本学卒業生・菅谷齊さんが「2026年度日本記者クラブ賞」を受賞
- 2026.4.23 【法政大学】第144回学位授与式(動画)





