障害インクルーシブな社会づくりに求められる視点
現代福祉学部福祉コミュニティ学科 佐野 竜平 准教授
佐野 竜平准教授
私には幼少時の事故で利き手に動かない指があります。握力はもう一方の手に比べ極端に弱いままです。3回の手術の失敗に逆らって同年代の友人と同じようにスポーツに挑戦したこともあります。障害を言い訳にしたくない意地があったもののレベルが高くなるとついていけず、残念ながら何度も挫折しました。障害のある自分を認め自分らしく生きることを求めながら、それを受け入れることができず、弱く歯がゆい自分を引き連れて生きる厳しさも味わってきました。
私は大学卒業直後いわゆる人生の師と呼べる存在に出会い、障害インクルーシブな社会の本質に近づくための「四つの視点」を学ぶ機会に恵まれました。長い年月を経て大学の教員となった今、今後の教育および研究の指針として、私なりの理解や経験を交えつつ、それらを振り返ってみます。
一つ目は「障害種別に限らずあらゆる障害を包括的に観ること」です。日本が2014年1月に批准した国連の障害者権利条約には、「障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害であって、様々な障壁との相互作用により他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果的に参加することを妨げ得るものを有する者を含む。」(外務省公定訳)とあります。また同条約の前文に「障害が発展する概念であることを認め」とあり、常に進化していく概念となっています。
ここでのポイントは、「障害」そのものを定義していない点です。ここから仮に発達障害のある人に関する社会課題があれば、同時に身体・知的・精神障害やその他の障害のある人についても同様に包括的に考えるようにしています。現代では医学的な観点から障害を捉えるだけではなく、その人が置かれた環境をベースに障害を受け止める社会的な観点が認知されつつあります。世界保健機関(WHO)によれば、全人口の15%に何らかの障害があるとされています。生活を共にする家族を入れればもっとその数値は上がるでしょう。つまりさまざまな障害を包括的に視野に入れることが、あらゆる社会課題を解決するヒントにつながるはずです。
次いで「関連・類似する分野を比較すること」が二つ目です。生い立ちもあり私の関心は確かに障害にありますが、それだけに焦点を当てるのではどうしても狭くなりがちです。例えば子ども、高齢者、女性、外国人、マイノリティー等、関連あるいは類似する分野にも常にアンテナを立てることが求められます。
私は学生時代に休学し、北海道にある自閉症者等が居住するグループホームで暮らしたことがあります。当時は具体的な専門性を持ち合わせない存在でした。一方で、一見関係ないような話題や切り口を持ち合わせていたからこそ斬新な活動を生み出せるという手応えを得た日々でもありました。障害インクルーシブな社会づくりに寄与するためには、分類あるいはキーワードに過度に縛られずに、まずは飛び込んで「走りながら考える」ことが必要と感じます。
三つ目の視点である「国内問題と国際問題を常に同時に見据えること」については、大学教員として特に深めていることです。近隣国であれば1時間以内で移動が可能な東南アジアに長く居住していたためか、私の中で地球が実際よりも小さい感覚になることがあります。SNSや便利なアプリ、AI(人工知能)、高速インターネットやLCC(格安航空会社)等は、もはや先進国、開発途上国を問わず普及しています。
持続可能な開発目標(SDGs)など世界共通の尺度もある今日、貧富の差を問わず国内外で起こっている何かが瞬時に目の前の課題になり得る時代です。日系企業等のアジア進出に加えて、留学生の就職も過去最高を記録しており(その90%以上がアジア出身)、また介護等人材不足の分野を中心にアジアから多くの外国人労働者を迎える時代です。言い換えれば、障害に関する国際的な社会課題に接することは、同時に日本のあらゆる社会課題に向き合うことにつながると信じています。海外、特にアジアの障害インクルーシブ社会づくりを通じて、言語や文化等の違いを超えて日本を含む国際社会全体を俯瞰する見方を常に磨き続けようと日々努力しています。
さらに「障害のある人のニーズと現状のギャップを知ること」が四つ目です。性別、年齢、国籍、障害、言語を含む文化等の幅広い違いを受け止め、共生社会の実現に向けた「多様性あるいはダイバーシティ」あるいは「インクルージョン」という言葉が近年飛び交っています。常に横と同じことを求められ、例えば泳ぎ方や道具の使い方一つ異なるだけで「変」あるいは「間違っている」とされた青少年時代を過ごした私にとっては、もっと早くこの流れが来てほしかったと率直に思うことがあります。
同時に、これらの言葉に何らかのかたちで触れるとき、時に何でもありと勘違いする人がいることも事実だと思います。確かに理念を共有し合うことでこれら用語の本当の意味に近づくことができるはずです。一方で時代の流れに沿っているからと安易に使用するのではなく、そこにはどうしても当事者のニーズとのギャップがあることを思い起こさねばなりません。少しでも多くの当事者の視点に立ってこそ、このギャップを乗り越え強みに変えられるのではないでしょうか。
ここで、いずれ師に追いつくべく私なりに培ってきた五つ目の視点を紹介します。それは「時間を行き来すること」です。最近、過去から学ばず未来を見過ぎていると自戒の意味を込めて自分に言い聞かせています。確かに便利なツールが増え、浅い学びであってもそれなりの発言や振る舞いができてしまうときがあります。他方、制度や施策が未成熟で細分化されていない分、大胆な発想ができる強みを併せ持っている開発途上国から学ぶことも多々あります。
現在の延長には過去も未来もあり得ることを踏まえる必要があります。いわゆる飛び抜けていることだけではなく、何かが不足していることも長所になり得る時代になりました。それらを認識して初めて「障害インクルーシブな社会」づくりが進むのかもしれません。
私自身、まだ開発が不十分なアジアに長年身を置いてきました。その後自らの障害の進行があり、手術を受けるため、もどかしさを抱えて日本に戻りました。ここから学生の成長をバックアップすると同時に、日本を含むアジア、そして国際社会に貢献したいというのが今の立ち位置です。師から学んだ視点を常に振り返りながら、日々の教育・研究に従事していきたいと考えています。
(初出:広報誌『法政』2020年1・2月号)
- 現代福祉学部福祉コミュニティ学科 佐野 竜平
SANO Ryuhei
研究テーマは「アジアの障害インクルーシブな国際協力・開発」。担当科目は国際協力論、アジア地域開発論、Community Based Inclusive Development、Disability and Development in Asia等。チェンマイ大学大学院芸術・メディア・技術学院博士課程修了。博士(知識創造論)。社会福祉士。国際協力機構(JICA)の技術協力専門家やアジア太平洋障害者センター事業部長等の立場で長くアジア太平洋における開発途上国の現場実践に従事。2017年より現職。引き続きアジア各地の関係者と連携しながら、障害インクルーシブな国際協力による地域開発・人材育成を中心に研究を進めている。
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