ロケットや人工衛星の安全性を支える暗号技術
情報科学部コンピュータ科学科 尾花 賢 教授
尾花 賢教授
民間主導の宇宙開発の幕開け
今年の春、日本の宇宙開発にとって画期的な出来事がありました。ニュースなどでご存じの方も多いと思いますが、2019年5月4日、民間ロケットが日本で初めて高度100キロの宇宙空間に到達したのです。515秒ほどの短い飛行でしたが、今まで国主導で進んできたロケット打ち上げに民間が単独で成功したことは、非常に大きな前進といえます。
打ち上げに成功したのは「MOMO(モモ)」という観測ロケットです。観測ロケットは、科学的な観測や実験を行うことを目的とし、未知の物理現象の解明などさまざまな用途に利用されます。民間主導で観測ロケットの打ち上げに成功したことで、観測や実験を行うハードルがこれまでに比べ格段に低くなったといえます。さらに将来、民間主導で人工衛星の打ち上げまで可能になれば、日本の宇宙開発にも劇的な進歩が期待されます。
宇宙機を安全に飛ばすには

観測ロケットMOMO(提供:インターステラテクノロジズ㈱)
宇宙開発事業では、ロケットや人工衛星などの宇宙機をいかに安全に飛ばすかが大きな課題となります。現在、羽田空港を発着する旅客機の新ルートが東京都心を通過することに対して安全性の議論が盛んになっていますが、ロケットや人工衛星の飛行する高度と速度は飛行機のそれをはるかに上回るため、飛行機と同等、あるいはそれ以上に安全性の確保が重要になるのです。
では、宇宙機の安全性を確保するには何が必要となるでしょうか。まずは、機体そのものの安全性保証です。機体が故障せずに飛行するよう設計・製造することはもちろん、万一飛行中に不具合が生じた場合でも、人に危害が及ばないよう安全に落下させる対策も必要になります。しかし、それだけで宇宙機は安全に飛行できるでしょうか? 残念ながら、答えはNOです。安全性保証には、宇宙機をサイバー攻撃から守ることも不可欠なのです。
宇宙機の多くは無人で飛行するため、常に地上の管制局と通信し、飛行状況を管制局に伝えます。これに対し管制局は、飛行をコントロールする命令を送ります。これらの通信データがクラッカー(悪意のあるハッカー)に傍受され、さらにデータが偽造されたり改ざんされたりすると、どうなるでしょう。宇宙機に異常が発生したという偽の情報が伝わる事態や、宇宙機が予定軌道から外れているのに飛行を停止できない事態が発生し得ることは想像に難しくありません。
こうした問題を解決するために、インターステラテクノロジズ(MOMOを開発した企業)、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)、法政大学の3者は、共同で宇宙機、特に小型のロケットや人工衛星の通信を不正アクセスから守る技術を研究しています。
最高レベルの安全性を目指して
私たちの共同研究は、小型宇宙機の通信データへの不正アクセス(不正な通信傍受や偽造・改ざん)を防ぐため、「情報理論的安全性」と呼ばれる理論上最高レベルの安全性を保証するものです。情報理論的安全性は、クラッカーがスーパーコンピューターを何億台用意したとしても、不正アクセスに成功しないことを保証する究極の安全性です。
一般に、不正アクセスの防止は暗号技術によって実現します。意外かもしれませんが、実は、情報理論的安全性を保証する暗号技術は新しいものではありません。データ傍受防止技術(データを暗号化する技術)は1940年代に、偽造や改ざんの防止技術は1980年代には基礎的な理論が確立していました。しかし、ほとんど実用化されることなく現在に至っています。
実用化を阻む壁は、「鍵」の扱いの難しさにあります。暗号技術では、情報を守るために鍵と呼ばれるデータを必要とします。私たちが日々利用している暗号は、80桁程度のあらかじめ決められた鍵で大量のデータを保護できます。一方、情報理論的安全性を保証するために必要な鍵の量は、保護するデータ量に比例して増加するため、非常に膨大なものとなります。また、鍵は通信する相手ごとに変えなければならない上、クラッカーに知られないように、その鍵を離れた位置にある通信装置に設定するには、非常に手間がかかります。
しかし、小型の宇宙機であれば、稼働期間が数分から数年と短く、その間の通信データ量も限られるため、必要な量の鍵を現在市場で入手できる大容量ストレージ(外部記憶装置)に収めることが可能です。また、宇宙機の通信相手は管制局に限られる上、打ち上げ前は管制局と宇宙機が物理的に近い場所にあるため、鍵を設定する手間もかかりません。このことから、情報理論的に安全な暗号を実用化するときの壁は、小型宇宙機の安全性を確保する場面では問題にならないことが分かりました。
実験を通した理論の検証
宇宙機は非常に過酷な状況の中で飛行します。音速を超える速度で飛行し、飛行中は激しい振動にさらされます。さらに、宇宙空間には高エネルギーの放射線が存在し、これが装置の故障を引き起こす原因になりかねません。情報理論的に安全な暗号技術の実用可能性を示すには、ロケットを実際に打ち上げて、不正アクセスを防止する装置がこれらの厳しい環境でも正常に動作することを確認しなければなりません。
とりわけ、情報理論的安全性を保証するために、大容量ストレージに格納した鍵や暗号処理を行う装置が放射線により破壊されないかどうかの検証が必要となります。そこで、私たちは不正アクセス防止機能を持つ装置を試作し、5月の打ち上げでMOMOに搭載して実験を行いました。実験の結果、飛行中に装置が正常に動作することが確認され、小型宇宙機の通信への不正アクセスに対して情報理論的安全性を保証できるという手掛かりをつかむことができました。
今後、「NewSpace」と呼ばれる民間主導の宇宙開発活動が、日本でもますます活発になっていくことは間違いありません。私たちは、開発した技術の実用化とさらなる改良を通して、NewSpaceの安全性を支えていきたいと考えています。
(初出:広報誌『法政』2019年10月号)
- 情報科学部コンピュータ科学科 尾花 賢
Satoshi Obana
1971年神奈川県平塚市生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科電気電子工学専攻博士課程修了。工学博士。大手電気機器メーカー勤務を経て、2012年法政大学情報科学部に着任。ネットワーク上のデータを安全にやりとりするための暗号と情報セキュリティー技術を研究。強固な情報漏えい対策により、安心して利用できるネットワーク社会の実現を目指している。
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