電気で味をコントロール?
コンピューターによる味覚の伝達に向けて
情報科学部ディジタルメディア学科 小池 崇文 教授
小池 崇文教授
人間の感覚は5種類?
人間の感覚には、どのようなものがあるかご存じでしょうか?「そんなの五感に決まっている じゃないか」と答えられた方、残念ながら古い知識です。せっかくの機会ですので、現代の知識にアップデートしましょう。
実は五感はアリストテレスの時代に提案されたもので、現代の知識とは違います。視覚、聴覚、触 覚、味覚、嗅覚は皆さんご存じだと思いますが、その他にも深部感覚、前庭感覚といった感覚があります。また、触覚は、現在では表在感覚といわれ、その中で触覚や温覚、痛覚などに細かく分類されています。例えば、おなかが痛いと感じるのも何らかの感覚によるものですが、内臓には皮膚はないので、いわゆる触覚ではありませんよね? 実は内臓感覚と呼ばれています。昔から、第六感という言葉がありますが、実際には、それ以上の感覚があります。
バーチャルリアリティーとは?
続いて、少し話題を変えて、今はやりのバーチャルリアリティー(VR)について簡単に紹介します。皆さんは、VRという言葉をご存じでしょうか? 拡張現実感(AR)もはやりましたね。最近では複合現実感(MR)という言葉も出てきます。簡単にいうと、いろいろな感覚を再現し体験することがVRです。ARは、それらの感覚にさらに情報を加えることで、現実感を拡張することです。
最近では、オーグメンテッドヒューマン(AH)という人間の感覚や機能の拡張に主眼を置いた研究分野もあります。現在のVRでは、視覚と聴覚はかなり再現できるようになってきており、触覚の研究が盛んに行われています。
触覚に関しては、ビデオゲーム機などでの実用化も始まっています。私がもともと研究していた分野は、そうしたVRやARに使える映像技術でした。
最近話題になっているヘッドマウントディスプレー(HMD)もVRやARの研究から生まれたものです。映像はとても情報量が多いので、情報科学の発展が不可欠です。2013年に本学に赴任してかは、Computational Realityという概念を提唱し、Realityを計算によって作り出すという新しい研究分野に取り組んでいます。
電気で味覚を作れる?
今回の話題は味覚のVRです。
視覚、聴覚、触覚は物理現象に起因する知覚であるため、実は人に提示するのはそれほど難しくありません。例えば、聴覚は空気の振動により伝わる音を知覚することです。空気の振動の強が音の大きさに、空気の振動する速さが音の高低に対応するので、スピーカーのように膜の振動を制御するだけでいろいろな音が出せます。
膜は電気で制御できるので、音をコントロールするのは簡単です。オーディオ機器やテレビ、携帯電話のバイブレーションなどが普及していることからも、これらの技術が比較的容易であることが想像できると思います。
しかしながら、味覚と嗅覚は化学物質を知覚しているので、自由に制御して提示するのが難しいのです。では、どうすればよいでしょうか?実は、味覚には、微小な電気を流すことによって生じる電気味覚というものがあります。
電気味覚は、微弱な電気を舌に流すと、味覚を生じるというもので、古くは電池を発明したボルタ自身が、電気により味覚を生じることを発見しています。多分、自身の発明した電池を好奇心にかられてなめてみたのでしょう!
電気味覚は、現在では、主に医療分野で味覚障害の検査に使われています。ただ、なぜ、舌に電気を流すと味覚を生じるのかが、実は完全には分かっていません。諸説ありますが、現在では食品中の電解質が、電気によって舌により多く近づくから、という仮説が有力です。電気味覚では、電流の向きや信号の形状をコントロールすることで、塩味や酸味が増幅することが分かっており、これを応用します。電気味覚の装置には、湿布のように首の後ろに電極を貼って、そこから電源につながった電極を用いて舌に電気を流す仰々しい装置もありますが、私たちは、より自然な状況で使えるようにと、微小な電気が流れるスプーンを開発しました。他の研究グループからはストローやフォークといった装置も提案されています。
この開発した電気味覚スプーンを使うと、みそ汁やスープなどの飲食時にスプーンから舌に微少な電気が流れて、塩味や酸味が増したように感じます。夏には、この研究でテレビ出演(※)もさせていただいたので、ご覧になった方もいるかと思います。研究が進めば、減塩しても十分に塩味を感じられるようになり、高血圧により塩分摂取を制限されている人でも、今までと変わらない食事をしたり、そもそも塩分の取りすぎを予防することも可能かもしれません。家族で食の好みが違っても、少しだけ味付けを調整するなど自由に味をコントロールできるかもしれません。
さらにこの研究が進めば、遠く離れた実家での味をそのまま味わえる、料理データそのものをダウンロードできるといった時代が来るかもしれません。現在はインターネットで料理のレシピが手に入り、それを基に料理をする人も増えていますが、大きくライフスタイルが変わるかもしれませんね。
日本の食文化は伝統的な和食だけでなく、カレーやラーメンといった、いわゆるファストフードも、世界に誇れる文化で、しかも、実際に大人気です。電気味覚は、こうした文化を伝えるための技術になるかもしれません。
リアリティーの実現に向かって
私たちの目標は、映像や音と同じように、味覚をデジタル化することです。ただ、最初に述べたように、視覚や聴覚、触覚に比べて、味覚と嗅覚は、デジタル化がとても難しいという課題があります。
電気味覚は、国内でも片手で数えられるほどの研究グループしかない、まだ新しい研究分野です。このような新しい未知の研究分野に携われることは、研究者冥利に尽きると常日頃思っています。
情報科学にはいろいろな側面がありますが、重要な学問的対象として情報伝達(コミュニケーション)があります。映像や音が瞬時に伝わるようになったのも情報科学のおかげです。情報科学により味覚を伝えることができるようになるのも、遠い未来ではないかもしれません。
※テレビ朝日「発掘!エトセトラさん」2017年6月16日(金)放送「 味が変わるスプーン」
- 情報科学部ディジタルメディア学科 小池 崇文
Takafumi Koike
1973年生まれ。東京大学大学院情報理工学系研究科修了。博士(情報理工学)。日立製作所主任研究員を経て、2013年4月より法政大学情報科学部教授。専門は実世界指向メディア。現在は、Computational Reality Laboratoryを立ち上げ、リアリティーをコンピューターによって作り上げることを目標に、理論・要素技術から全体システム、応用まで幅広い研究に取り組んでいる。著書に『電気工学ハンドブック(第7版)』(分担執筆、オーム社)、『3D映像のすべて』(分担執筆、日経BP社)など。特許、学術論文・国内外学術会議での発表多数、日本バーチャルリアリティ学会サイバースペース研究賞、3次元画像コンファレンス優秀論文賞などを受賞。国内外学会の各種委員も歴任。
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