理系女子よ、大志を抱こう
〜きれいなレーザーの光とその向こうの物理へ〜
理工学部創生科学科 松尾 由賀利 教授
松尾 由賀利教授
いろいろな大志があってよい
大志、というと大げさに聞こえますが、これは遠い先の目標を目指すことに限らなくてもよいのではないでしょうか。例えば、今見えている景色の少し先を目標にして、そこに到達したらまた新しい景色が見えて、さらに先の到達点を目指すのも、また一つの志の在り方ではないかと考えています。どちらの場合にせよ、今なすべきことを定めて目標に進むことは、きっと楽しいことです。「人間の幸せは、今いる場所の絶対的な高さではなく、向かっているベクトルが上向きかどうかで決まるんだよ」と、物理学から脳科学へと研究分野を展開された故・松本元先生(理化学研究所)が話されたことを今も思い出します。研究やその環境に悩んでいたとき、知人の紹介でお話を聞きにいったときのことでした。
物理学を専攻するまで
私は、大学から物理学を専攻しました。ただ、初めから一直線に物理の研究者を目指したかというと、それほどでもなかったと思います。子どものころから理系科目が好きでしたが、中高時代は当時はやった漫画「ベルサイユのばら」の影響もあり、ヨーロッパの歴史にも大いに興味を持ちました。大学進学にあたっては進路で随分迷いましたが、この後コンピューター技術が発展しそうな時代背景の中、あまり根拠はないけれど理系で手に職を付けられたらという思いがやや勝り、理系への進学を決めました。当時は理系に進む女子学生がとても少なく、親はあまりいい顔をしなかったのですが、高校までとは違って微分積分を使いながら解く物理学のアプローチは新鮮で、勉強は大変でしたが興味深いものでした。
レーザーにあこがれて
ひと口に物理学といっても、その幅はとても広いです。宇宙のように壮大な自然のロマンに切り込む分野から、物質の根源である原子、原子核、素粒子の研究、物理の法則にのっとって物の性質や機能を研究する物性物理、もっと応用分野に近いデバイスの研究、生物学との複合分野などなど、非常に多くの分野があります。そして、それぞれの分野に理論研究と実験研究があり、実に多様です。私は「きれいなものが見られるとうれしい」という単純な動機から、当時レーザーを使って原子や分子の実験をしていた清水忠雄先生の研究室を希望し、大学院からこの分野の研究に入りました。
レーザー(LASER)とは、Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation(誘導放出による光の増幅)の頭文字を取って作られた語で、その発明は1960年にさかのぼります。1980年代初頭ではまだ珍しく、どこの研究室でも使えるものではありませんでした。
ところで、私の最初の研究テーマは、マイクロ波と呼ばれる波長1センチ程度の電波を用いた研究でした。すぐにレーザーを使った研究ができると思っていた新米大学院生としては、若干落ち込んだことを覚えています。ですが、目に見える可視光(波長0・4~0・7マイクロメーター)も目に見えないマイクロ波も、波長は異なるものの、電磁波の一種であることに変わりはありません。
当時私が携わっていたのは、「コヒーレントな」と呼ばれる波の位相がそろった電磁波を原子や分子に照射して、その波長に対する応答を観察することで相手の性質を調べる手法でした。マイクロ波でもレーザーでもコヒーレントな発信源があれば同様のことが行えるのですが、当時はマイクロ波に良い発信源がそろっていました。そしてコヒーレンスの生成と緩和(位相のそろった状態が元に戻っていくこと)という同じ物理現象を追いかけていることを理解するに至って、光や電磁波を用いた物理の研究としての美しさに魅せられるようになり、目に見える波長であるかどうかはそれほど気にならなくなりました。
レーザーは縦糸であり横糸
とはいえ、目に見える波長域のレーザー光は、異なる波長が混ざらない「単色性」と呼ばれる性質により色がピュアで、その美しさは見るたびに感動します。レーザー光にはたくさんの優れた性質がありますが、中でも私が研究で恩恵を受けているのは、この単色性の良さに加えて、瞬間的に強いパワーを極めて狭い領域に絞り込むことで、物を切ったり削ったりできることです。これはレーザーアブレーション法と呼ばれ、固体状の物質や、場合によってはタンパク質のような高分子材料を瞬間的に気化して原子単位にまでバラバラにすることにも使えます。
この方法を利用すると、室温では固体である物質を気化する、絶対温度で1.5K※つまり室温より300度近く低い温度の液体ヘリウム中に原子を導入することもできます。こうした特異な環境下に導入した原子にさらにもう一つ別のレーザーを照射することで、先述の波長に対する応答を詳しく調べることができ、肉眼では見えない原子の様子をまるで見てきたかのように語ることが可能です。また原子の導入に加速器を使用することもあり、基礎から応用に近い分野まで広く関わることになりました。レーザーを使った研究はそれ自身を掘り下げることが可能な縦糸であると同時に、いろいろな研究分野に適用可能な横糸でもあると感じています。
バトンを次の世代へ
こうして、きれいなものが見られるとうれしいという動機でレーザーを用いた物理の研究に足を踏み入れた私は、紆余曲折しながらも気付いたらその世界にどっぷりと漬かっていました。一方で、日本の物理学や応用物理学系の学会では、女性の参加者比率がいまだ5~6%と非常に少なく、自分の学生時代と比べてもそれほど増えていないことを残念に思います。
そんな中、応用物理学会で女性研究者研究業績・人材育成賞(小舘香椎子賞)の授賞式に出席した際にうれしいことがありました。同賞の若手部門の受賞者が、学会託児室を利用して学会に参加されていて、「託児室があることで、研究を続けてもよいという後押しをしてもらった気がした」と話してくださったのです。十数年前、私もこの託児室の立ち上げに微力ながら参加していました。巡り巡って、後の世代に勇気を伝えることができたと知り、うれしく思いました。
女子学生が理系の分野に興味を持つことは、決して珍しいことではなく、きれいな光を出す物質が好きとか、きれいな法則で記述される世界観が好きとか、そういうことから入ってもよいのではないでしょうか。一歩を踏み出せば、きっとまた次の目標が見えてきます。
Science girls, be ambitious!(理系女子よ、大志を抱こう)
※ K:絶対温度の単位ケルビン。摂氏温度(℃)に273.15を足すとケルビン(K)になる
(初出:広報誌『法政』2018年度1・2月号)
- 理工学部創生科学科 松尾 由賀利
Yukari Matsuo
専門はレーザーを用いた原子分子物理学とレーザーアブレーション。1957年福岡県生まれ。1982年東京大学理学部物理学科卒業。1987年同大大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。ミシガン州立大学、マックスプランク量子光学研究所の博士研究員を経て、1990年理化学研究所に入所。2007年大阪大学大学院招へい教授、2008年東京工業大学大学院連携教授などを兼務の後、2013年より現職。2006-14年日本学術会議連携会員、2014年から日本学術会議会員。2008-10年日本物理学会理事、2012-14年応用物理学会理事。2015年度応用物理学会APEX/JJAP(Appl. Phys. Express/Jpn. J. Appl. Phys.)編集貢献賞、2018年応用物理学会第8回女性研究者研究業績・人材育成賞 (小舘香椎子賞) 研究業績部門を受賞。
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